2026年2月12日、中国国家市場監督管理総局は、生産コストを下回る価格での自動車販売を禁じる指針を公布した(*1)。政府がここまで踏み込んだ理由は数字が語っている。2025年上半期だけで、中国の自動車ディーラーの74.4%が仕入れ値を下回る価格で車を売り、52.6%が赤字に沈んでいた。2023年から2025年の3年間で新車の平均価格は21.7万元から19.4万元へ下がり、業界全体では3年間で4,710億元(約690億ドル)の売上が消えたとブルームバーグは報じている(*1)。
その4ヶ月後、6月24日の夜。杭州の宇树科技(Unitree)は、二足歩行ロボットR1の価格を3.99万元から2.99万元へ、即日出荷つきで引き下げた(*2)。数日のうちに优必选(UBTech)の教育・家庭向け機種が12.8万元からへ、新興の松延動力の小型人形ロボット「Bumi」が1万元を切る9,998元へと追随したと報じられている(*3)。同じ国、同じ年に、隣り合う二つの産業が同じ現象を見せている。片方には政府の禁止令が出て、もう片方にはまだ何も出ていない。
十七年かけて出揃った配役
中国の新エネルギー車(NEV)産業は、2009年2月に科学技術部と財政部が始めた実証事業「十城千辆」から出発した。電気自動車1台に最大6万元、燃料電池車には25万元という補助金がつき、2013年には対象が全国へ広がった(*4)。それから13年以上、地方政府ごとの投資競争と補助金が積み上がった末に価格戦争が起き、471億元規模の売上を溶かし、ディーラーの4分の3近くを赤字に沈め、ようやく政府が原価割れ販売を禁じる指針を出すに至った——起点から数えて17年である。
太陽光パネルでもほぼ同じ順番だった。米国は2012年に中国製セルへの反ダンピング・相殺関税を発動し、2014年には対象を台湾・中国製セル使用パネルへ拡大、2018年には主要輸出国全体に30%の関税を課している(*5)。EVでは2024年、EUが中国製バッテリー式EVに相殺関税(BYD 17.4%、Geely 19.9%、SAIC 37.6%、協力企業の加重平均20.8%)を発動し(*6)、米国は既存25%の関税を100%へ引き上げた(*7)。国家補助金→過剰供給→国内価格戦争→輸出→貿易摩擦という配役が全部揃うまで、EVは17年、太陽光は米国の最初の関税だけでも起点から6年を要した。

具身智能は、この配役をどれだけ急いで演じているのか。
補助金の層は、EVの時より先に厚い
政策の起点は工業和信息化部(MIIT)が2023年10月に出した「人形机器人创新发展指导意见」で、2025年までの技術突破と量産開始、2027年までの国際先進水準到達を掲げた(*8)。これに2025年1月設立の国家人工智能産業投資基金(出資額600.6億元、存続13年)が重なる。同基金は半導体大基金三期が唯一の有限責任出資者で、算力・アルゴリズム・データ・実装応用を対象とし、具身智能を重点方向のひとつと明記している(*9)。
地方政府の動きは、EVの時と同じ「都市間の補助金競争」の形をしている。北京経済技術開発区は2025年、「具身智能十条」で年間1億元規模のデータ利用券(データ取引額の10%、1社上限100万元)と、実注文額の20%を補助する試作券など8項目の措置を打ち出した(*10)。広州市花都区は初号機開発補助、賃料補助(初年度最大150万元)、応用シーン導入補助(最大500万元)を含む10項目を公布した(*11)。江蘇省は掃除ロボットや人形ロボット・ロボット犬を含む家庭用具身智能ロボットに販売価格15%(1台上限1,500元)の消費補助を認め、2026年1月の「人工知能+製造」行動方針は人形ロボットの生産ライン更新に最大30%の設備補助を認めて自動車・3C・高端装備の現場を優先するとした(*12)。杭州市は2026年5月1日、具身智能ロボット産業を対象とする全国初の地方条例を施行している(*13)。
EVの補助金が「1台いくら」という消費者向け値引きから始まったのに対し、具身智能の補助金はデータ・試作・設備・条例という産業インフラ側にすでに厚く積まれている。同じ脚本の同じ場面なのか、それとも書き換えられた場面なのかは、この先の数字が答える。
二年で八割消えた価格、それでも伸びる売上
| 企業・製品 | 価格・供給(2026年7月時点) | 資本・上場 | 確度 |
|---|---|---|---|
| Unitree/宇树科技 | 国際版ストアはG1 $13,500、R1 $4,900から、H2 $29,900、H1 $90,000(*14)。中国国内版R1は6月24日、3.99万元→2.99万元(即日出荷)へ(*2)。目論見書開示の人形ロボット平均単価は2023年59.34万元→2025年16.64万元(*3)。 | 2026年3月上海STAR Market申請、2025年出荷5,500台、売上17.1億元(前年3.92億元から急伸)、調整後純利益6億元、粗利率6割弱(*15)。 | confirmed/probable |
| AgiBot/智元機器人 | 価格非公開、問い合わせ販売。2026年6月28日に累計15,000台目のロールオフを公式発表(*16)。 | 非上場。Omdia調査に基づき、2025年の世界人形ロボット出荷台数(5,168台)・シェア(39%)で首位と自社発表(*16)。 | confirmed/probable |
| UBTech/优必选 | 教育・家庭向け機種は価格戦争を経て12.8万元からと報じられる(*3)。生活支援型UWorld U1はLite 11.98万元(約$16,700)から、上位機は最大99万元との報道もあるが公式の階級別価格表は未公表(*17)。 | 香港上場、証券コード9880。Walker S2の生産は2025年500台達成、2026年内1万台を目標(*21)。 | confirmed/probable |
| 松延動力 | 小型人形ロボット「Bumi」を9,998元まで引き下げたと報じられる(*3)。 | 詳細は個別の企業記事に譲る。 | probable |
| Galbot/银河通用 | 価格非公開。小売・工場向けVLAロボットとして展開。 | 国有ファンド参加や大型調達の報道断片はあるが一次資料未確認。 | probable/weak |

宇树の目論見書が開示した数字がいちばん効く——人形ロボットの平均単価は2年で59.34万元から16.64万元へ、7割超下がった(*3)。それでも2025年の売上は前年比4.4倍の17.1億元、調整後純利益6億元、粗利率は6割弱を維持している(*15)。これはEVの価格戦争とは違う顔をしている。EVでは値下げが売上と粗利の両方を蝕み、業界全体が3年で4,710億元を失った(*1)。宇树では値下げしながら売上と利益率が伸びている。値下げの中身が、体力を削る安売りなのか、六軸力覚センサーが1年で2万〜3万元から5千〜8千元へ下がったような部品国産化によるコスト構造そのものの変化なのか(*18)——ここで初めて、EVの映画とのずれが数字の上に現れる。


過剰供給か、量産元年か——割れる二つの読み
業界メディアは、需要が量産計画に追いつかなければ供給過剰・技術停滞・想定未達の3リスクが顕在化すると警告している(*18)。一方で同じ取材網は、2026年後半の受注がすでに2027年まで埋まっている工場があると報じている(*18)。AgiBotは開業から2年半で1,000台から15,000台まで台数を伸ばし、直近の5,000台から1万台への到達はその前段階の4倍以上の速度だったと自社発表している(*16)。EVの過剰供給は、工場が建ってから何年も後に需要不足として表面化した。具身智能では、量産が本格化する前から供給過剰への警戒がすでに語られている——これも配役の順番が入れ替わっている徴候のひとつである。
輸出網ができる前に、関税と希土類がもう机の上にある
EVと太陽光では、輸出が市場を席巻してから相手国が関税で反応するまでに数年かかった。具身智能では、輸出が本格化する前に関税と希土類の輸出規制がすでに存在している。中国の2026年関税調整は、智能仿生機器人向けに最恵国税率0%の新税番を新設し、輸出向けの制度整備を先に済ませた(*19)。一方、米中間では2025年の相互関税の応酬のさなかに、宇树G1の米国内価格が関税の影響でおよそ16,000ドルから4万ドル近くへ跳ね上がったと報じられている(*20)。中国商務省による希土類7品目・磁石の輸出規制は、米国のヒューマノイド企業も同じ供給網依存から逃れられないことを示した(*20)。EVを動かしたモーターの磁石と、ロボットの関節を動かす磁石は同じネオジム系列であり、同じ国が同じレバレッジを二つ目の産業でも握っている。
この摩擦の重みを測る座標は、経営者の言葉ではなく現場にある。優必选幹部はWalker S2の生産性を「人間の30〜50%、箱積みと品質検査に限って」と説明しつつ、2027年までに80%へ引き上げる目標を語った(*21)。UBTechが「同僚」として売る生活支援ロボットUWorld U1には、公式発表で13,361件の予約が入っている(*17)。EVの映画で最初に価格の下敷きになったのは、仕入れ値割れで車を売った74.4%のディーラーだった。具身智能の映画で同じ場所に立つのは、30〜50%という数字で評価される作業者なのか、それとも別の誰かなのか。
EVの脚本は、2009年の補助金開始から2026年2月の禁止令まで17年かけて展開した。具身智能は、2023年の指導意見からまだ3年に満たない2026年6月の時点で、国内では2年で7割超落ちた価格と、国境の外では関税と希土類の輸出規制を同時に抱えている。EVがゆっくり転がったのは、各段階に規模の経済を積み上げる時間があったからだ。具身智能にその時間はない。17年分の脚本が3年で早送りされたまま最後まで再生されたとき、最初に立ち止まるのは価格なのか、規制なのか、それとも国境なのか。
出典
*1 Bloomberg「China Bans Below-Cost Car Sales to End Prolonged Price War」、confirmed
*2 新浪財経「宇树R1人形机器人降价至2.99万元起」、confirmed
*3 騰訊新聞「宇树R1降到2.99万,人形机器人价格战开始」、probable
*4 北極星電力新聞網「2009年至今中国新能源汽车补贴政策发展历程」、probable
*5 pv magazine International「History of U.S. tariffs and how they relate to solar」、probable
*8 工業和信息化部「人形机器人创新发展指导意见」(工信部科〔2023〕193号)、confirmed
*9 観察者網「国家人工智能产业投资基金合伙企业(有限合伙)成立,出资额600.6亿元」、confirmed
*10 北京経済技術開発区管理委員会「关于印发《北京经济技术开发区关于推动具身智能机器人创新发展的若干措施》的通知」(京技管发〔2025〕17号)、confirmed
*11 広州市花都区人民政府「关于印发花都区支持具身智能机器人产业发展的十条措施的通知」、confirmed
*12 東方財富網「根据2026年最新国补政策,机器人销售补贴分为消费端家用机器人和产业端工业机器人」、probable
*13 新浪新聞「全国首部具身智能机器人地方性法规5月起在杭州施行」、probable
*14 Unitree公式ストア、confirmed
*15 Rest of World「China robot maker Unitree files for $610 million Shanghai IPO」、probable
*16 AGIBOT公式「AGIBOT's 15,000th Robot Rolls Off the Production Line」、confirmed/probable
*17 revolutioninai.com「UBTECH's U1 Robot Was Announced at $30,000. It Shipped for $16,700.」、probable
*18 鈦媒体「订单排到2027年,谁在支撑人形机器人的"量产元年"?」、probable
*19 Pandaily「China Adds Multiple New Robot Tariff Codes in 2026 Tariff Adjustment」、probable
*20 OODAloop「Tariffs stall US humanoid robots push as China dominates rare earth supplies」、probable
*21 The Irish Times「Robots only half as efficient as humans, says leading Chinese producer」、probable
未確認事項・要フォローアップ
- 宇树のSTAR Market上場は、2026年7月9日時点で申請・見通し段階までしか確認できていない。CSRC・上海証券取引所による登録承認済みとするX上の投稿は一次資料で確認できず、採用していない。
- UBTech UWorld U1のPro/Ultra階級ごとの公式価格、最終的な受注件数、2026年内の納品計画。
- Galbotの資金調達額(CATL主導・国有ファンド参加・11億元とするX/報道断片)は一次資料で確認できていない。
- 智平方(X Square)・墨奇智能の資金調達額・評価額は、いずれもX上の未確認情報にとどまり本文の論拠には使っていない。
- 深圳市および竜崗区の人形ロボット購入補助(代金券)の制度文書・予算枠・実行件数。
- 中国当局が自動車と同様の原価割れ販売禁止を人形ロボット業界にも適用する可能性、およびその時期。
- 各社の人形ロボット実輸出台数、輸出管理上のリスク、海外での安全認証・サイバーセキュリティ審査の進捗。