2025年9月16日、Figureは実業界でも稀な規模の資金調達を発表した。Parkway Venture Capitalが主導し、Brookfield、NVIDIA、Salesforceなどが名を連ねたシリーズCは10億ドルを超え、会社の評価額は390億ドルに達した(*1)。ほぼ同じ時期、杭州のUnitreeは39,999元、約5,900ドルという値札のヒューマノイド「R1」で価格の床を作り替え(*2)、2026年4月にはさらに簡素なモデル「R1 AIR」を4,900ドルでAliExpressに並べた(*3)。「誰でも買えるヒューマノイド」という触れ込みだった。
ただし、その荷物が最初に向かった先を見ると、話は少し違って見える。国際版R1の初回展開先として名指しされたのは北米・欧州・日本・シンガポールである(*3)。値札を四桁ドルまで落とした「民主化」が最初に着地したのは、貧しい場所ではなく、すでにロボット密度の高い豊かな場所だった。
鉱山、農場、港、タンクの内側、美容室――資本の見出しに載らない場所に実際にPhysical AIが届いているとすれば、それは390億ドルの評価額でも、4,900ドルの量産機でもない。もっと地味な、桁違いに小さい資金で動く、名前の知られていない専門機である。
三つの桁
同じ「Physical AI」という言葉が指すものの大きさを並べると、次のようになる。
| 主体 | 金額 | 中身 |
|---|---|---|
| Figure(シリーズC、2025-09) | 390億ドル(post-money評価額) | 資金調達の見出し(*1) |
| Unitree(上海IPO目標、2026-05) | 約62億ドル(42億元) | 上場審査中の目標評価額(*4) |
| Unitree R1(中国国内発売、2025-07) | 約5,900ドル(39,999元) | ヒューマノイド1台の価格(*2) |
| Unitree R1 AIR(AliExpress、2026-04) | 4,900ドル | ヒューマノイド1台の国際価格(*3) |
| 本稿で扱う長い裾野の企業群 | 200万〜1,100万ドル | シード〜シリーズAの調達総額(後掲) |
Figureの評価額は、本稿に登場する企業の資金調達額の3,000倍から2万倍にあたる。Unitreeは2025年に5,500台のヒューマノイドを出荷した。同じ年のTesla、Figure、Agility Roboticsの出荷はそれぞれ150台前後にとどまる(*5)。金額の見出しを作っているのはFigureで、現物を最も多く送り出しているのはUnitreeだが、その現物ですら最初の行き先は「ロングテール」と呼ぶには豊かすぎる国々だった。鉱山や畑や船倉に機械が着地する経路は、この二社とは別に探すしかない。

カナリアの仕事を継ぐ機械
オーストラリア・ブリスベンのAustralian Droid and Robot(ADR)は、地下鉱山向けの遠隔データ取得ロボットを提供している。測量、発破後検査、換気モニタリング、地質マッピング、熱・可視アセット検査、自律エリアクリアランスが業務範囲で、2024年11月にはResource Capital Funds主導で200万豪ドル相当の投資を受けたと報じられた(*6)(*7)。
発破後検査――発破の後、坑道が崩れていないか、有毒ガスが溜まっていないかを確かめる仕事――は、鉱業の中でも最も古く、最も命に関わる仕事の一つである。1911年、英国の鉱山労働者は一酸化炭素に敏感なカナリアを坑内に持ち込むようになった。鳥が鳴きやめば、それは避難の合図だった。この慣習が公式に終わったのは1986年、電子式のガス検知器がカナリアに取って代わったときである(*8)。ADRの自律クローラーが発破後の坑道に先に入り、地質と大気を測って戻ってくるのは、その電子検知器からさらに40年後の話であり、同じ一つの仕事――「人間より先に危険な場所に入る」――が、鳥から電子機器へ、電子機器から自律ロボットへと、115年かけて受け渡されてきたことになる。
クイーンズランドのSwarmFarm Roboticsは、広大な農地と限られた労働力という同じ大陸の制約から生まれた。大型農機一台に頼るのではなく、小型ロボットの群れで畑を自動化する発想で、Toowoomba近郊に製造拠点を構える(*9)(*10)。資金調達段階や稼働台数の詳細は限定的だが、広大な国土と人手不足に最適化した設計思想は、鉱山のADRと同じ土地から出たもう一つの答えである。
蛇腕がタンクに入る理由
インド・ベンガルールのArmatrixは、タンク、リアクター、航空機エンジン、船体といった狭隘・危険空間に入る蛇型・触手型のロボットアームを開発する。2024年創業、2026年2月にpi Ventures主導で210万ドルを調達したと報じられ、3メートルのPoC、22自由度超、リアルタイム経路計画、デジタルツインが公表されている(*11)。
狭くて有毒ガスの恐れがある空間に人間の代わりに腕を差し込むという発想自体は新しくない。英国のOC Roboticsは1997年に設立され、2001年に最初の試作機を完成させ、原子力施設の廃炉作業向けに蛇腕ロボットを供給してきた。セラフィールド原子力施設で放射性区域の解体作業を行った実績も報告されている(*12)。国家の原子力プログラムが数十年かけて育てた「蛇腕が有毒空間に入る」という技術カテゴリーが、いまインドのシード期スタートアップ1社の予算――210万ドル――で再現されている。危険な空間に先に入る仕事の値段は、30年でここまで下がった。
同じベンガルールのMowitoは、標準的な産業用ロボットアームを人間の実演から学習させるAI基盤モデルを開発する2024年創業の企業で、2026年7月にVersion One Ventures主導で300万ドルのプレシードを調達したと報じられた。拠点はベンガルールと米デトロイトである(*13)。
ノイダのOctobotics Techは、海事・オフショア・石油ガス・重工向けに、磁気ロボット「Gauge Rover」、水中クローラー「OCRV-UW」、溶接検査用自律クローラー「Weld Sensei」を展開する。公式サイトはAI主導の自律航行、溶接シームの非破壊検査、腐食面検査の事例を示す(*14)。三社に共通するのは、ヒューマノイドの姿をした汎用機ではなく、タンクの中、パイプの中、船体の裏側という一点にしか使えない専用機である点だ。汎用性を捨てた分だけ、値段は390億ドルからも4,900ドルからも遠く離れる。
誰も舞台に上げない仕事
シンガポールのAugmentusは、3Dスキャンと適応的モーション計画を組み合わせたノーコード産業用ロボットプログラミングを提供し、熱溶射、ショットピーニング、塗装、研削、研磨、溶接を対象にする。2025年7月、Woori VP主導のシリーズA+で1,100万ドルを調達した(*15)(*16)。溶接や研磨は基調講演のスライドに載る仕事ではないが、Figureの評価額はこの1,100万ドルの約3,500倍にあたる――同じ「Physical AI」という看板の下で、実際に工場の床で動いている資金は、桁が三つ以上小さい。
インドネシア・バンドン近郊のBETA-UASは、「Made in Indonesia」を掲げる無人航空機企業で、農業・林業、インフラ、鉱業、災害対応まで幅広い用途のドローンを展開する。最大150分の飛行時間、運用半径60kmを謳う機体のほか、火山噴火対応のマッピング事例も紹介されている(*17)。バンコクのTAO BINは「ロボット・バリスタ」を名乗る24時間無人カフェで、飲料の調合、温冷・フローズン対応、QR決済までを一台でこなす(*18)。液体と氷と温度を制御する物理システムという意味で狭義の産業ロボットの周縁にあるが、深夜シフトの人員配置という労働問題への一つの回答になっている。
輸入に頼らない現場
ブラジル・マナウスとカンピーナスに拠点を持つActa Roboticsは、物流・産業向けの自律走行ロボット「KAPPABOT」を提供する。最大100kgを搬送できると説明され、ブラジル国内でのサポート体制を前面に出している(*19)。AliExpressのR1が輸入関税で実質価格を押し上げられるのに対し、Acta Roboticsのような現地生産・現地保守の企業はその摩擦をそもそも経由しない。安さを輸入するのか、機械自体を自国で作るのか――ロングテール地域には二つの回路が並んで存在している。
弱いシグナルの中の、一人の技術者
ナイジェリア・アブジャ近郊のTerra Industriesは、2026年4月のTechRadarの報道によれば2024年創業、アブジャ郊外に15,000平方フィートのドローン工場を持ち、発電所や鉱山、製油所など重要インフラの監視にAIソフトウェア「ArtemisOS」を使うという(*20)。公式サイトや一次発表は未見。UAEのBuildroid AIについては、200万ドルを調達したというX上の投稿が流れたが、実際にアクセスできるのは「Autonomous Steel Factories Coming Soon」というティザーサイトへのリダイレクトのみで、裏付けは取れていない(*21)。
一方、編み込みを補助するロボットHaloBraidは、拠点や市場としては米国のサロン向けが中心だが、創業者のYinka Ogunbiyi氏はナイジェリア系でハーバード出身のエンジニアだと報じられている。600以上のプロトタイプを経て、700万ドルの資金調達に至った(*22)(*23)。この装置が置き換えるのは、スタイリストが何時間も同じ姿勢で手を動かし続ける負担であり、アフリカ発かという地理的分類より、誰の手が疲弊しているかという座標のほうが本質に近い。アフリカ・中東の欄は、ティザーページと個人の経歴が中心で、確度の面では本稿の中で最も脆い。
表:ロングテールの現場一覧
| 企業 | 拠点 | 資金・価格 | 用途 | 確度 |
|---|---|---|---|---|
| ADR | 豪ブリスベン | 200万豪ドル相当(2024-11) | 地下鉱山の遠隔データ取得・自律検査 | confirmed/probable |
| SwarmFarm Robotics | 豪クイーンズランド | 未確認 | 農業用小型自律ロボット群 | confirmed(製品)/candidate |
| Armatrix | 印ベンガルール | 210万ドル(2026-02) | 狭隘・危険空間侵入用蛇型ロボットアーム | probable |
| Mowito | 印ベンガルール/米デトロイト | 300万ドル(2026-07) | 模倣学習によるロボットアーム制御AI | probable |
| Octobotics Tech | 印ノイダ | 未確認 | 海事・石油ガス向け磁気ロボット・水中クローラー | confirmed(製品・所在地) |
| Augmentus | 星シンガポール/米テキサス | 1,100万ドル(2025-07) | ノーコード産業用ロボットプログラミング | confirmed |
| BETA-UAS | 尼バンドン近郊 | 未確認 | 農業・鉱業・災害対応向け無人機 | confirmed(製品・所在地) |
| TAO BIN | 泰バンコク | 未確認 | 24時間ロボット・バリスタ | confirmed(製品・所在地) |
| Acta Robotics | 伯マナウス/カンピーナス | 未確認 | 物流・産業向けAMR「KAPPABOT」 | confirmed(製品・所在地) |
| Terra Industries | 尼アブジャ近郊(報道) | 未確認 | 重要インフラ監視用ドローン・AI脅威検知 | weak/probable |
| Buildroid AI/Steel Robotics | UAE(X発) | 200万ドル(未確認) | 建設用自律ロボット | weak/rumor |
| HaloBraid | 米国中心(創業者はナイジェリア系) | 700万ドル | 編み込み補助ロボット | probable(アフリカ拠点としてはweak) |
鉱山の坑道、タンクの内側、畑、サロンの椅子の前――これが実際にPhysical AIが動いている座標である。金額はどれも一桁から二桁百万ドル台に収まり、390億ドルの隣に置くと誤差のように見える。

4,900ドルという値札は「誰でも買える」ことを約束したが、最初の荷物が向かった先は北米・欧州・日本・シンガポールだった。安さが最初に運ぶのが、すでに豊かな場所だとすれば、鉱山やタンクや畑に実際に機械を届けているのは、評価額でも量産機の値札でもなく、名前の知られていない数百万ドル規模の専門機だということになる。次に誰かが「Physical AIが世界に広がった」と言うとき、その地図が指しているのは、390億ドルの側なのか、200万ドルの側なのか。
未確認事項・要フォローアップ
中央アジア、ケニア、ブラジルの超初期段階の資金調達案件は、十分に裏取りできる新規候補がまだ乏しい。中央アジアはドローン・農業・鉱業の需要があるはずだが、英語検索では中国・米国企業の展開記事に埋もれており、現地語検索や政府調達データでの追加調査が必要である。
Octoboticsの資金調達段階はX上でシード調達との情報が流れているが、公式発表・報道は未確認。Buildroid AI/Steel Roboticsはティザーサイト以外の実体確認が弱く、調達・顧客・デモの裏付けが最優先の課題である。HaloBraidは事業の重心が北米にあり、「アフリカ発」としてカウントするのは慎重を要する。
次の探索では、各地域の産業展示会の出展者リスト、政府補助金の採択一覧、現地語の会社登記、LinkedInの求人、YouTubeのデモ動画を横断する必要がある。オーストラリアの鉱山・農場ロボット、インドの危険空間ロボティクス、インドネシアの国産UAV、ブラジルの国内AMRは、Physical AIの長い裾野として十分な調査価値を持つ。
出典
*1 Figure公式「Figure Exceeds $1B in Series C Funding at $39B Post-Money Valuation」(2025-09-16)、confirmed
*2 Interesting Engineering「Video: China's Unitree launches full-size humanoid at just $5,900, shocks robot market」(2025-07-25)、confirmed
*3 Interesting Engineering「Unitree's cheapest $4K sport-ready R1 humanoid robot to hit US markets via AliExpress」(2026-04-09)、confirmed
*4 Caixin Global「Unitree Fast-Tracks Shanghai IPO With Target Valuation of $6.2 Billion」(2026-05-26)、confirmed
*5 Gizmochina「China's Unitree Sells Cheapest Humanoid Robots Online with R1 Global Launch」(2026-04-10)、confirmed
*6 Australian Droid and Robot公式サイト、confirmed
*7 The Australian「Brisbane startup ADR raises $2m to expand production of an eight-wheeled mining robot」(2024-11)、probable
*8 Smithsonian Magazine「What Happened to the Canary in the Coal Mine?」、confirmed
*9 SwarmFarm Robotics公式サイト、confirmed
*10 Courier Mail系報道「SwarmFarm Robotics opens workshop at Wellcamp Business Park near Toowoomba」(2025-02)、probable
*11 The Economic Times「Deeptech robotics startup Armatrix raises $2.1 million in round led by pi Ventures」(2026-02-25)、probable
*12 NRC「OC Robotics - Snake-arm robots for nuclear applications」、confirmed
*13 The Economic Times「Physical AI startup Mowito raises $3 million to teach factory robots by demonstration, not code」(2026-07-07)、probable
*14 Octobotics Tech公式サイト、confirmed
*15 Augmentus公式サイト、confirmed
*16 Augmentus公式発表「Augmentus raises $11M to scale Physical AI for high-mix complex robotic surface finishing and welding」(2025-07-09)、confirmed
*17 BETA-UAS公式サイト、confirmed
*18 TAO BIN公式サイト、confirmed
*19 Acta Robotics公式サイト、confirmed
*20 TechRadar「30,000 drones a year: African start-up looks to emulate Ukrainian UAV revolution」(2026-04-05)、weak/probable
*21 steelrobotics.ai(Buildroid AIのリダイレクト先ティザーサイト)、weak/rumor
*22 HaloBraid公式サイト、probable
*23 Allure「HaloBraid」(2026-06-23)、probable