1980年代、SRIインターナショナルは米陸軍とDARPA(国防高等研究計画局)の契約のもとで、衛星回線を使った遠隔手術の研究を進めていた(*1)。想定されていたのは、戦場から数百マイル離れた場所にいる軍医が、ロボットアームを介して負傷兵を手術し、応急処置を終えた患者だけを後方の病院へ運ぶという構想である。立体視内視鏡、人間工学に基づく操作系、力覚フィードバック――今日のda Vinciを構成する要素の多くは、すでにこの軍事研究の中にあった。

この技術が実際に戦場へ届くことはなかった。1995年11月、SRIとIBM、MITから技術のライセンスを受けた3人が、Intuitive Surgical Devices社を設立した(*2)。彼らが選んだ市場は戦場ではなく、手術室だった。

ロボットではなく、部品を売る

三十年後のいま、この会社が売っているのはロボットではない。2025年通期のIntuitiveの売上を製品区分で見ると、本体販売はおよそ6.5億ドル、保守契約が4.33億ドル、そして器具・付属品が16億ドルにのぼる(*3)。本体の2.5倍近くを、使い捨ての器具が稼ぐ。手術支援ロボットという製品の正体は、ロボット本体ではなく、そこに差し込む部品の方にある。

Intuitive FY2025 Revenue by Segment

その部品にはメモリーチップが埋め込まれている。多くのEndoWrist器具には使用回数の上限――多くの場合10回――がプログラムされており、上限に達するとda Vinci本体がその器具を認識しなくなる。使えなくなった器具は廃棄するしかない(*4)。器具修理会社Surgical Instrument Service(SIS)は2021年、この仕組みが病院に新品購入を強いる反トラスト行為だとして提訴した。2025年1月28日、連邦地裁はSISの主張をすべて退け、Intuitive側の勝訴を認めた(*5)。同種の集団訴訟は今も同じ裁判官のもとで係属している(*5)。特許が切れたあとも、消耗品モデルそのものは法廷で守り切られたことになる。

興味深いのは、Intuitive自身がこのモデルに手を加え始めていることだ。2026年に投入したda Vinci 5向けの新型器具6種のうち5種は、使用上限を従来の6回から15回へと伸ばした(*6)。理由は明言されていないが、症例あたりのコストを下げる効果があるとされる。独占を築いた側が、独占を支えてきた仕組みを自ら緩めている。

特許の崖は、もう十年前に過ぎている

この消耗品モデルを長年支えてきたのは特許だと考えたくなるが、事実は違う。Intuitiveの基本特許――ロボットアームを遠隔操作する機構、内視鏡の映像処理――は、2016年から2022年にかけてそのほとんどが失効した(*7)。当時の医療機器業界では、この特許の崖を境に新規参入が殺到すると見られていた(*8)。実際にはそうならなかった。特許が切れてから、本格的な競争相手が現れるまでに十年近い空白があった。

理由は、Intuitiveを守ってきた壁が特許ではなかったからだ。手術支援ロボットは、外科医が最初の症例から何十、何百と重ねて指に刻み込む学習曲線の上に成り立つ。病院側も、1台数百万ドルの投資と、手術室の運用体系、器具の在庫、保守契約を、そう簡単には組み替えない(*3)。特許庁が定めた法的な独占が切れても、外科医の指の記憶と病院の設備投資という、法律の外側にある二つの壁は切れなかった。

2026年のいまも、Intuitiveは世界の手術支援ロボット設置台数の60〜70%、軟部組織・多関節ロボットに限れば約80%を握るとされる(*9)。設置基盤は11,000台を超え、70カ国以上に展開し、2026年第1四半期の手術件数は前年同期比17%増えた(*9)(*10)。特許が切れて十年、独占はほとんど揺らがなかった。

崩しにきているのは、二つの違う国の、二つの違う武器

崩し方が変わったのは、ここ一、二年のことだ。しかも崩しにきているのは、Intuitiveと同じ土俵で技術を競う相手ではなく、まったく別の経済の論理を持ち込んだ二つの国である。

上海に拠点を置くMicroPort MedBotは、2025年に中国国内の公立病院入札で、台数ベースで初めて輸入機を上回ったと報じられている。同社のToumai(図迈)は2026年1〜5月期、中国国内シェアでda Vinciを追い越したとも伝えられる(*11)。世界での商用受注は300台を超え、20カ国近くで承認を取得し、国境をまたぐ遠隔手術では衛星通信を使い18,900キロ離れた地点間での手術を成立させたと発表している(*12)。これは特許でも訓練でもなく、国家規模の製造能力と通信インフラを使った攻め方だ。

インドのSS Innovationsは、逆方向から攻めている。グルガオンに本社を置く同社が開発したSSi Mantraは、2026年6月22日時点で累計11,719症例、14カ国で規制承認を得て、2,100人の医師を訓練したと発表した(*13)。同月には手術ロボット業界の賞も受賞している(*13)。同社はまだ96件の特許を出願中で、うち登録済みは33件という薄い知財の上に立つ企業である(*14)。価格はda Vinciよりおおむね2〜3割安いとされ、インド国内ではCSR(企業の社会貢献予算)や官民連携での導入も進む(*15)。攻めているのは技術の対等さではなく、支払える人の範囲――アクセスの対等さである。

攻め口の違い ― 誰が、何を武器に迫っているか

企業・製品攻め口現在地(2026年)確度
MicroPort MedBot「Toumai」(中国)製造規模・国家インフラ・遠隔手術網世界受注300台超、20カ国近くで承認、中国国内シェアでda Vinciに先行との報道probable
SS Innovations「SSi Mantra」(インド)価格・CSR/PPPによるアクセス累計11,719症例、14カ国承認、医師2,100人訓練probable
Medtronic「Hugo」既存病院網への段階的浸透2025年12月に泌尿器領域(年間約23万件の術式)で米FDA承認、2026年6月に一般外科・婦人科領域を追加申請confirmed
CMR Surgical「Versius」可搬性・モジュール性世界30,000症例超、2025年に2億ドル調達、最大40億ドル評価での売却を検討中と報道probable
J&J「Ottava」Auris買収+Google系技術の統合FDA de novo分類を申請中、商用実績はまだないprobable
Procept「AquaBeam」泌尿器術式への特化2025年第4四半期売上76.4百万ドル、2026年売上見通し390〜410百万ドルconfirmed
Stryker「Mako」インプラント販売との統合2013年に16.5億ドルで買収、整形外科領域で運用confirmed

Ottavaの系譜と、Alphabetが二度降りた賭け

J&JのOttavaの系譜をたどると、意外な名前に行き着く。その技術基盤は、2015年にJ&J(Ethicon)とAlphabet傘下Verily Life Sciencesが設立した合弁会社Verb Surgicalに由来する(*16)。Verilyは2019年末にこの事業から手を引き、J&Jが技術一式を引き取ってOttavaという名前に作り替えた(*16)。同じ数年のうちに、Alphabetはもう一つの身体技術への賭けからも降りている――2017年にBoston Dynamicsを売却したのだ。ソフトウェアで世界を制した会社が、脚のロボットと手術ロボットという二つの異なる身体技術の賭けから、ほぼ同じ時期に、ほぼ同じ判断で撤退している。

次の壁は、指ではなくログの中にある

いまの商用手術ロボットは、ほぼすべてが「外科医がループの中にいる」設計である。AIの経済価値は、ロボットが単独で執刀することではなく、外科医の認知負荷を下げ、症例のばらつきを減らし、教育と遠隔支援を広げ、1台あたりの稼働率を上げることにある。米FDAは2024年12月、AI搭載医療機器が承認後にモデルを更新する手続きを定めた「事前変更管理計画」(PCCP)の最終指針を公表した(*17)。手術ロボットに組み込む画像認識や力推定のAIを、どのデータで再学習し、どこまでを承認範囲内の変更とみなすかは、今後の申請ごとに積み上がっていく実務になる。

安全性の記録も無視できない。2000年から2013年の14年間にFDAのMAUDEデータベースへ報告された手術ロボット関連の有害事象10,624件のうち、死亡144件、患者傷害1,391件、機器不具合8,061件が確認された研究がある(*18)。古いデータだが、手術ロボットが医療機器である以前に、故障し得る機械であることを思い出させる。AIの統合は、この安全性の記録にデータドリフトと説明可能性という新しい変数を加える。

Robotic Surgery Adverse Events 2000-2013

そして、AIが実際に学習するデータそのものが、次の壁になりつつある。手術動作のデータは希少で高価であり、2025年に発表されたdARt Vinciは、AR(拡張現実)によるハンドトラッキングと物理シミュレーションを組み合わせ、実機を使わずにda Vinci向けの訓練データを集める手法を提案し、データ収集効率を平均41%改善したと報告している(*19)。裏を返せば、実機を四半世紀にわたって世界で11,000台以上動かし続けてきた側は、この希少なデータをすでに大量に持っているということでもある。

未確認事項・要フォローアップに移る前に

特許は、法律が定めた年限どおりに切れた。しかし外科医の指に刻まれた学習曲線と、四半世紀にわたって蓄積されてきた手術のログには、法律が定めた期限がどこにも書かれていない。中国は製造規模で、インドは価格で、それぞれ違う場所からこの独占に刃を立てている。だが両方とも、まだ届いていない場所がある――次の症例のためにAIが読み込むログを、いったい誰が握っているのか、という一点である。特許庁が独占の終わりを告げた日から十年、その問いにはまだ誰も答えていない。

出典

*1 SRI International「Telerobotic Surgery」、confirmed

*2 Reference for Business「Intuitive Surgical, Inc. — Company History」、probable

*3 The Motley Fool「Intuitive Surgical's Moat Is Getting Stronger」、probable

*4 Shinder Cantor Lerner「Surprise Ruling in "Right to Repair" Surgical Robotics Case」、probable

*5 MassDevice「Intuitive fends off antitrust lawsuit from Surgical Instrument Service」、confirmed

*6 StockTitan「Intuitive details new da Vinci 5, Force Feedback upgrades」、probable

*7 LegacyMedSearch「Dominant Robotic Surgery Patents Expiring This Year. What's Coming Next?」、probable

*8 MDDI Online「Could Patent Expirations Be a Chink in Intuitive Surgical's Armor?」、probable

*9 MoneyWeek「Intuitive Surgical: A comforting stock for troubled times」、probable

*10 MassDevice「Intuitive sales increase 23% in Q1, da Vinci procedures expected to see double-digit growth in 2026」、probable

*11 Pandaily「Chinese Surgical Robots Surpass Da Vinci in Domestic Market Share, Expanding into Global Remote Surgery」、probable

*12 TipRanks「MicroPort MedBot's Toumai Surgical Robot Surpasses 300 Global Orders as Remote Surgery Push Accelerates」、probable

*13 GlobeNewswire「SS Innovations Named Outstanding Company Winner at the 2026 Surgical Robotics Industry Awards」、probable

*14 SEC EDGAR「SS Innovations International, Inc. Form 10-K」、confirmed

*15 MedicalVault「Robotic Surgery in India: Da Vinci, Mantra & Cost Guide」、weak

*16 Fierce Biotech「Johnson & Johnson to take over Verb Surgical, its robotics venture with Verily」、probable

*17 Ropes & Gray「FDA Finalizes Guidance on Predetermined Change Control Plans for AI-Enabled Medical Device Software」、confirmed

*18 PLOS ONE「Adverse Events in Robotic Surgery: A Retrospective Study of 14 Years of FDA Data」、confirmed

*19 arXiv「dARt Vinci: Egocentric Data Collection for Surgical Robot Learning at Scale」、confirmed for paper content

未確認事項・要フォローアップ

  • da Vinci、Hugo、Versius、SSi Mantra、Toumaiの現行の公式本体価格・保守費用・症例あたり消耗品コストは、いずれも非公開のまま。
  • MicroPort MedBotが「2026年1〜5月に中国国内シェアでda Vinciを上回った」とする報道は中国メディア単独ソースであり、独立監査された集計での裏付けは取れていない。
  • CMR Surgicalの売却検討の成否、買い手候補、成立時期。
  • Medtronic Hugoの一般外科・婦人科向け510(k)審査の結果と、米国での商用開始時期。
  • Rex Medical対Intuitive Surgicalの特許侵害訴訟について、連邦巡回区控訴裁判所の最終判断。
  • Surgical Instrument Service対Intuitiveと同一裁判官のもとで係属中の医療提供者による集団訴訟の帰趨。
  • SS Innovationsが承認を得たとする14カ国それぞれの適応範囲・稼働施設数の一次資料での確認。