2024年7月、Agility RoboticsのCEOペギー・ジョンソン氏は、倉庫ロボット「Digit」の投資回収期間についてこう言い切った。「完全な人件費込みで時給30ドルの人間労働者と比べて、2年未満でROIが出る」(*1)。2026年1月、Hyundai傘下のBoston Dynamicsは、新型Atlasの価格をおよそ32万ドルに定める計画を固めたと報じられた。その根拠として関係者が挙げたのは、性能でも部品原価でもない。「米国製造業労働者2人分の、2年間の給与」という基準だった(*2)

同じ月、中国・杭州のUnitreeは自社サイトでR1 Airを4,900ドルと表示し続けていた。送料・関税は別、EDU(教育・研究)版は問い合わせ(*3)

三つの数字は同じ「ヒューマノイドロボット市場」という言葉の下にあるが、実は異なる単位系に属している。Unitreeの4,900ドルは製品の値段であり、下にはR1 5,900ドル、G1 13,500ドル、H2 29,900ドルという価格の階段が続く。一方、Boston DynamicsとAgilityの数字は値段そのものではなく為替レートだ――ドルではなく、人間の給与で測っている。この記事が書くのは、どちらの陣営が安いかではない。機械の値段を人間の年収で測ることが値付けの常識になった、その思想の話である。

1914年、フォードが選んだ逆の答え

この値付けには先例がある。ただし逆方向の。

1908年に850ドルで売り出されたフォードのModel Tは、組立ラインの改良により1925年には260ドル前後まで値下がりした(*4)。自動車は富裕層の道具から、大衆が買えるものになった。だが同じ組立ラインは、もう一つの問題を生んだ。単純作業への細分化は、それまで職人として誇りを持って働いていた労働者を退屈させ、遅刻・欠勤・離職が相次ぎ、1913年前後のフォードの離職率は370%に達したと記録されている(*5)

フォードが選んだ答えは、1914年1月5日の「5ドル・デー」だった。1日9時間で2.34ドルだった最低賃金を、1日8時間で5ドルへと倍以上に引き上げた。離職率は下がり、生産性は上がり、利益は2年で倍になったとされる(*5)。フォードは機械(車)の値段を下げながら、その機械を作る人間の賃金を上げた。労働者が自分の作った車を買えるようにする、という循環を作るために。

2026年の値付けは、この循環を裏返している。Boston DynamicsとAgilityは機械の値段を下げているのではない。機械の値段を、それが置き換える人間の賃金より低く設定している。給与はもはや誰かの生活の原資としてではなく、機械の値札を測る物差しとして記事に登場する。

Unitreeの価格階段 — 給与ではなく製品として売る

Unitreeの戦略は、この「給与という物差し」から意図的に距離を取っているように見える。公式ストアの価格は、R1 Air 4,900ドル、R1 5,900ドル、G1 13,500ドル、H2 29,900ドル、H1 90,000ドル(H1は「real price」問い合わせと併記)、H2 Plus 100,000ドルという階段状に並ぶ(*6)。R1は約27-29kg・20-26自由度・稼働約1時間(*3)、G1は約35kg・23自由度(EDU版は最大43関節モーター)・深度カメラ+3D LiDAR・稼働約2時間(*7)、H2は約70kg・31自由度・脚関節最大360Nm・稼働約3時間(*8)。通常版は二次開発非対応で、SDKや強化された手はEDU版・上位機種に寄せられている(*6)

Unitree Price Ladder

この価格は賃金の代替物としては提示されていない。Unitree公式は、ヒューマノイドは複雑で強力な機械であり安全距離を保つこと、個人ユーザーは限界を理解して購入すること、危険な改造を避けることを明記する(*6)。4,900ドルが買っているのは「即戦力の労働力」ではなく、研究室・学校・開発者が身体性AIを試すための試験体に近い。The Vergeは2024年、当時16,000ドル級だったG1を「研究・開発用ロボット」として報じており、その文脈は2026年も生きている(*9)

「給与2年分」という設計目標 — Boston Dynamics、Agility、Figure

西側の主要3社は本体価格を公開しないか、公開しても本体単価ではなく総所有コストで語る。だが2026年に入り、その「総所有コスト」の基準点が具体的な数字として漏れてきた。

Agility RoboticsのCEOペギー・ジョンソン氏は、Digitの投資回収について「完全な人件費込みで時給30ドルの人間労働者に対し、2年未満のROI」と述べている(*1)。時給30ドルは、Digitが実際に稼働するGXOなど物流施設の倉庫作業員の、賞与・保険込みの実質コストに相当する水準だ(*1)。Agilityは2026年6月24日、SPAC合併による上場計画を発表し、プレマネー評価額25億ドル、Digit v5の複数年受注300百万ドル超、9顧客施設で65,000時間超の稼働実績を示している(*10)

Boston Dynamicsは2026年1月、新型Atlasの価格をおよそ32万ドルに設定する計画を固めたと報じられた。その根拠として挙げられたのが「米国製造業労働者2人分、2年間の給与以下」という基準である。親会社Hyundaiのサプライチェーンを活用し、年産30,000台という量産計画も報じられている。ただしこれは量産開始前の計画価格であり、関係者ベースの報道である点は明記しておく(*2)

Figure AIは本体価格を公開していない。ただし同社の顧客への訴求は一貫している――1台のFigureが24時間稼働し、人間1人分の賃金と福利厚生の総額よりも低いコストで、その仕事を代替する、というものだ(*11)。この訴求を支えるのが、2025年9月のSeries C(10億ドル超、評価額390億ドル)と(*12)、BMW Spartanburg工場での実績である。Figure 02は同工場で11カ月・1,250時間超稼働し、30,000台超のX3生産に貢献した。2026年6月にはFigure 03が同工場のHall 52に移り、部品を選別しカートで運ぶsequencing工程に入った(*13)。この工程は、これまで人間の作業員が担ってきた仕事だ。Figureが売っているのは本体ではなく、その持ち場に人間の代わりに立ち続ける権利である。

1Xという第三の物差し — 給与でも量産価格でもなく、家賃

すべての西側企業が給与を物差しにしているわけではない。1XのNEOは月額499ドルのサブスクリプション、または20,000ドルの買い切り(デポジット200ドル)という価格を公式に掲げる。米国配送は2026年開始予定。66lb、稼働4時間、Nvidia Jetson Thor、22自由度の手、tendon drive、遠隔支援付きのExpert Modeを備える(*14)

この価格は労働者の賃金とも、Unitreeの研究機材価格とも違う第三の単位系に属する。月々499ドルという数字は、家賃やサブスクリプションサービスの支払いに近い感覚で設計されている。1Xが売ろうとしているのは労働力の代替でも研究機材でもなく、家庭という単位への導入のしやすさそのものだ。

表1: 公開価格と主要仕様

企業/製品地域公開価格主要仕様/導入状況確度
Unitree R1 Air / R1中国4,900ドル / 5,900ドル、税送料別約27-29kg、20-26自由度、約1時間稼働confirmed: Unitree公式
Unitree G1中国13,500ドル、税送料別約35kg、23自由度、深度カメラ+3D LiDAR、約2時間稼働confirmed: Unitree公式
Unitree H2中国29,900ドル、税送料別約70kg、31自由度、脚最大360Nm、約3時間稼働confirmed: Unitree公式
1X NEOノルウェー/米国499ドル/月、または20,000ドル所有、200ドルデポジット家庭向け、66lb、4時間、Nvidia Jetson Thor、Expert Modeありconfirmed: 1X公式
Figure 03米国非公開5'8"、61kg、20kg payload、5時間、BMW Spartanburgで物流デモconfirmed: Figure公式、価格は非公開
Agility Digit v5米国非公開、企業導入/RaaS色が強い35lb搬送、4時間、Schaeffler/GXO/Toyota/Mercado Libre等confirmed: Agility公式、価格は非公開
Boston Dynamics Atlas(新型)米国/韓国(Hyundai)非公開、計画値約32万ドルHyundaiサプライチェーン活用、年産30,000台計画probable: KED Global、関係者ベース、量産開始前の計画
Tesla Optimus米国未販売。3万ドル級との報道ありFremontで生産ライン準備との報道、磁石供給制約が論点probable: 報道/決算発言ベース

この表から見えるのは、低価格化は「中国全体」ではなく、Unitreeが最も透明に価格を出しているという点である。Agibotなど中国の別プレイヤーも欧州展開や工場導入を進めていると報じられるが、主要機種の公開価格は明らかにされていない。

表2: 値付けの物差し

企業値付けの物差し具体的な基準確度
Unitree製品価格(研究・教育機材)4,900〜100,000ドルの価格階段confirmed: Unitree公式
1X家賃・サブスク型499ドル/月、または20,000ドル所有confirmed: 1X公式
Figure AI賃金+福利厚生の総額「24時間稼働、人件費総額より低いコスト」の訴求confirmed(定性的な訴求として): Figure公式・業界報道の要約
Agility Robotics時給・ROI年数「時給30ドル・完全人件費込みの人間に対し2年未満ROI」(CEO発言)confirmed: The Robot Report(2024-07-17)、Agility公式
Boston Dynamics2年分の給与「米国製造業労働者2人分・2年間の給与以下」(約32万ドル)probable: KED Global(2026-01-20、関係者ベース)
Tesla未確定価格・値付けロジックとも非公開weak: 報道ベース

部材という共通の下限 — 磁石とアクチュエーターは、どちらの体系にも効く

どちらの単位系で値付けしていても、ヒューマノイドのBOMで最も価格差を生むのは筐体ではなく関節である。脚、腰、腕、手に多数のモーター、減速機、ベアリング、エンコーダ、ドライバ、熱設計が必要になる。Unitreeは関節モーターを外販もしており、公式ストアにはGO-M8010-6モーターが369ドル、Brushless Digital Servoが119ドルから、IM6014モーターが539ドルから、B1モーターが3,000ドル、4D LiDAR L1が249ドル、L2が419ドルと並ぶ(*6)。R1は20-26自由度、G1は23-43関節モーター、H2は31自由度。単価369-539ドル級のモーターでも、数十個使えば本体価格の大部分を占める。

FigureのBotQ工場は、この下限をさらに攻めている。第1世代ラインで年12,000台まで製造可能とし、Figure 03を「affordability and high-volume manufacturing」のために、CNC中心の試作設計から、射出成形、ダイカスト、MIM、スタンピングへ切り替えたと公式に説明する。アクチュエーター、手、バッテリー、最終組立は社内で重視し、外部サプライヤーは部品加工にとどめる。サプライチェーンは4年で100,000台、3,000,000アクチュエーターへ拡張可能と述べているが、これは達成済み実績ではなく将来計画である(*15)。信頼性の面でも、Figure公式はBMWでFigure 02の前腕を「最上位のハードウェア故障点」とし、Figure 03で手首電子基板と動的配線を再設計したとする(*13)。量産ヒューマノイドの原価は部品単価だけでなく、現場故障率と修理時間で決まる。AgilityのRoboFabも年10,000台までの生産能力を持ち、Digit部品の約75%を米国内調達すると説明される(*10)

磁石はどちらの陣営にも効く地政学的なコスト要因だ。高出力密度のPMSMは希土類磁石に依存しやすい。APは2025年、中国の希土類・磁石関連輸出管理強化を報じ、Business InsiderはTesla Optimusのアクチュエーター用磁石について、中国側の輸出ライセンス・軍事転用懸念が生産遅延要因になったと報じた(*16)。Unitreeの4,900ドルという価格階段も、Boston Dynamicsの32万ドルという「給与2年分」という基準も、同じ鉱物と同じ加工チェーンの上に建っている。単位系が違っても、下限を決めているのは同じ物質だ。

給与という物差しの脆さ

ハイランドパークの労働者にとって、5ドルという数字は自分の生活を支える現金だった。フォードはその数字を上げることで、労働者を自社製品の顧客に変えた(*5)。GXOの倉庫で「完全人件費込みで時給30ドル」と計算されている作業員にとって、いま同じ性質の数字は、自分がこの先も働き続けられるかどうかを決める、機械の値札の分母になっている(*1)

この物差しには前提がある――時給30ドルという基準が、この先も動かないという前提だ。だがAgilityやBoston Dynamicsが量産規模を上げ、磁石とアクチュエーターの調達を内製化し、機械の側の価格を継続的に切り下げていけば、「2年未満のROI」という基準はさらに甘くなる。一方で、その機械が置き換えた当の倉庫作業員・製造業労働者の側で、同じ職種の求人と時給がどう動くかは、この記事が集めた事実の外にある。給与を機械の値札の物差しに使うという発想が定着したとき、その物差し自体が、測っている機械によって書き換えられ始めたら、次に何を測ることになるのか。

出典

*1 The Robot Report「Here's what it could cost to hire a Digit humanoid」(2024-07-17)、confirmed(本人発言の引用)

*2 KED Global「Boston Dynamics to price humanoid Atlas below 2-years' US manufacturing payroll」(2026-01-20)、probable(関係者ベース、量産開始前の計画であり公式発表ではない)

*3 Unitree Robotics公式「Unitree R1」(R1 Air 4,900ドル、R1 5,900ドル、重量、自由度、PMSM、電池、保証等)、confirmed

*4 Ford Model T価格推移(Wikipedia「Ford Model T」ほか自動車史一般資料)、confirmed(年式・仕様(ツーリング/ランナバウト)により資料間で数十ドルの差があるが、下落の傾向と桁は一致)

*5 The Henry Ford「Ford's Five-Dollar Day」、EBSCO Research Starters「Henry Ford Institutes the $5.00 a Day Minimum Wage」、CBS Detroit(This day in history記事)、confirmed(複数の独立した歴史資料が一致)

*6 Unitree公式ストア(G1 13,500ドル、R1 4,900ドル、H2 29,900ドル、H1 90,000ドル表示、送料300-1,200ドル、モーター/サーボ/LiDAR価格)、confirmed(ただしH1は「real price」は問い合わせとあるため実売は未確定)

*7 Unitree Robotics公式「Unitree G1」(G1 13,500ドル、約35kg、23-43関節モーター、深度カメラ+3D LiDAR、PMSM、税送料別)、confirmed

*8 Unitree Robotics公式「Unitree H2」(H2 29,900ドル、31自由度、約70kg、脚最大360Nm、2070 TOPS、約3時間稼働)、confirmed

*9 The Verge「You'll need to teach this $16,000 humanoid robot how to make breakfast」(2024-08-19)、probable

*10 Agility Robotics公式「Agility Robotics to Go Public Through Merger with Churchill Capital Corp XI」(2026-06-24)、confirmed(ただし取引完了は条件付き)

*11 Figure公式「Figure 03」(身長、重量、payload、runtime、価格非公開)、confirmed

*12 Figure公式「Figure Exceeds $1B in Series C Funding at $39B Post-Money Valuation」(2025-09-16)、confirmed

*13 Figure公式「F.02 Contributed to the Production of 30,000 Cars at BMW」(2025-11-19)と「F.03 Arrives at BMW」(2026-06-30)、confirmed

*14 1X公式「NEO」「Order」(499ドル/月、20,000ドル所有、200ドルデポジット、2026年米国配送、仕様、Expert Mode)、confirmed

*15 Figure公式「BotQ」(2025-03-15)、confirmed(ただし将来能力はforward-looking)

*16 AP「China outlines more controls on exports of rare earths and technology」およびBusiness Insider「Elon Musk says China wants assurances...」(2025)、APの輸出管理はconfirmed、Tesla固有の影響はprobable

未確認事項・要フォローアップ

  • Agibot、Fourier、UBTECH、EngineAIなど中国勢の最新実売価格。報道や展示情報はあるが、公式価格表で横並び確認できた範囲は限定的。
  • Figure 03、Agility Digit v5、Tesla Optimusの実売単価、RaaS単価、保守費、稼働率保証、顧客別契約条件。各社とも非公開。
  • Boston Dynamics新型Atlasの約32万ドルという数字は、量産開始前の計画価格であり、関係者ベースの報道にとどまる。実際の発売価格・時期・「給与2年分」という基準が公式にどこまでコミットされているかは未確定。
  • Figureの「賃金+福利厚生の総額より低いコスト」という訴求は、具体的な金額での定量的コミットメントとしては裏付けが取れていない。
  • Unitree R1/G1/H2の実配送価格、関税、保守部品、保証適用、法人導入時のサポート費。
  • Unitreeの低価格機がどの程度自律作業に使えるか。公式ページにも「一部機能は開発・テスト中」とあり、現場ROIとは別評価が必要。
  • Tesla Optimusの2026年量産開始時期、V3仕様、磁石/AIチップ調達、販売開始価格。現時点では報道・決算発言ベースの要追跡事項。
  • 希土類磁石の調達先多様化。中国の輸出管理、米国・日本・欧州の磁石増産、ロボット各社の磁石レス/低希土類モーター設計の進展を継続確認する必要がある。
  • Agility CEOの「時給30ドル」という基準が、実際にどの施設・どの職種の賃金データに基づくものかは、発言の詳細な文脈までは確認できていない。