2025年2月25日、製造受託大手Jabilが投資家向けに出したニュースリリースに、こういう一文がある。
「Apollo to build Apollo」――Apolloが、Apolloを作る。
比喩でも誇張でもない。Jabil自身がプレスリリースの本文にそう書いた(*1)。JabilはApolloというヒューマノイドロボットの製造委託先であり、同時にそのApolloを自社工場の検品・仕分け・キッティング・ライン脇搬送・治具設置・サブアセンブリの現場に投入する顧客でもある。ロボットを作る工場で、そのロボット自身に働かせる ―― 完成すればロボット製造史上、初めての明示的な自己言及の実例になる。
この設計図を最初に描いたのはJabilではない。1948年、カリフォルニア工科大学のヒクソン・シンポジウムで、数学者ジョン・フォン・ノイマンは「自己複製するオートマトン」の理論を提示した。部品の"海"から自分と同じ機械を組み立てる機械という思考実験は、フォン・ノイマンの生前には実装されず、彼の死後1966年に共同研究者アーサー・バークスがまとめた著書『Theory of Self-Reproducing Automata』として世に残った(*11)。理論の提示から77年、その設計図が初めて実際の工場の床に置かれたのが、テキサス州オースティンの10年目のスタートアップと、その製造パートナー企業の間で交わされたこの一枚の契約である。
Apptronikが本当に売っているものは、Apolloという一台のロボットの性能ではない。価格は非公開、Apollo 3の発売日も非公開、稼働台数も非公開のまま、同社は設立から10年でほぼ10億ドルを集めた。投資家が買っているのは製品ではなく、ロボットが自分自身を作れるようになるという「増殖の速度」そのものだと考えると、非公開の多さの意味が変わってくる。
NASAが持て余した宿題
Apptronikの起点は2016年のテキサス大学オースティン校Human Centered Robotics Labからのスピンアウトだが、その前史はさらに古い。2011年、博士課程の学生だったNick Paineは指導教員Luis Sentisとともに、NASAジョンソン宇宙センターのチームに加わり、ヒューマノイドロボット「Valkyrie」の開発に取り組んだ。ValkyrieはDARPA Robotics Challenge(2015年)向けに作られた機体で、優勝はできなかったものの、宇宙空間や災害現場という人間が生身では入れない極限環境向けの試作機として、その後もNASAのテストベッドであり続けた(*2)。
PaineはNASA Spinoffの取材にこう語っている。「商業化に軸足を置いた開発の契約があり、NASAと組んで市場に出せるものを作ろうとしていた。そこには一貫して、受け継がれてきたものがあった」。Apptronikの最初の仕事は、実験機の量産ではなく、NASAのSmall Business Innovation Research契約による液冷式アクチュエータの開発だった。極限環境向けに鍛えられた技術が、10年後には人間向けに設計された倉庫や工場の床に降りてくる ―― この移動に14年かかっている。
2026年で創業10年を迎えたApptronikは、共同創業者のCEO Jeff Cardenas、CTOのNick Paine、Scientific AdvisorのLuis Sentisという体制のまま、従業員数だけは急激に伸ばした。Google DeepMindとの提携が発表された2024年12月時点で150人、2025年3月で150人超、2026年2月のSeries A-X発表で約300人、2026年4月・6月の発表で350人以上(*3)。「ロボットがロボットを作る」体制に近づくほど、当のApptronikが雇う人間の数は増えている。この非対称は、自己複製という言葉の軽さに対する現実の重さを表している。

極限環境から倉庫へ ― Apolloという名の降下
ValkyrieからApolloへの設計思想の転換は、単なる小型化ではない。Apollo初期公開モデルは身長5フィート8インチ、重量160ポンド、可搬55ポンド、ホットスワップ可能な4時間バッテリーを備え、二足歩行と車輪型を含むモジュール構成を取る(*4)。2026年6月に発表されたApollo 2は、この構成を維持しつつ、テレオペレーション・自律実行・高忠実度物理シミュレーションを組み合わせて実地データを集める現行の中核機となった。
| モデル / 構成 | 公開スペック・位置づけ | 価格・提供形態 | 確度 |
|---|---|---|---|
| Apollo 初期公開モデル | 身長5フィート8インチ、重量160ポンド、可搬55ポンド、バッテリー1本あたり4時間、ホットスワップ可能。二足・車輪型のモジュール構成。顔・胸・頭部LEDで状態表示 | 価格・RaaS条件・保守費用ともに非公開 | confirmed |
| Apollo 2 | 2026年6月発表の現行版。二足型・車輪ベース型を用意し、Robot Parkと顧客・パートナー拠点でデータ収集・訓練の中核として1年以上稼働。改良バッテリー・モーター・センサー、約6フィート、4時間駆動、両手で55ポンド保持可能(*5) | 顧客パイロット・データ収集向け。商用販売価格は非公開 | confirmed/probable |
| Apollo 3 | Apollo 2のデータとGoogle DeepMind連携を反映する次世代商用機。公式には「2026年に新型を発表予定」とのみ表現され、CEOは販売開始時期を明言していない | 価格・発売日ともに非公開。X上では「2027年商用展開」という投稿が見られるが、裏付けは取れていない(*6) | probable/weak |
車輪型を併用するのは意匠上の妥協ではない。車輪型は既存の産業用モバイルロボットの安全規格に合わせやすく、二足型は人間中心の複雑な環境への適応力を伸ばす ―― 短期は稼働率と保守性、長期は到達範囲という二段構えの設計である(*7)。
資金は思想に付いてくる
Apptronikの資金調達は、2022年9月の1,460万ドルから始まり、2025年2月13日にB CapitalとCapital Factory共同リード、Google参加の3.5億ドルSeries Aへと跳ねた。2025年3月18日には追加5,300万ドルでSeries A総額4.03億ドルと発表され、Mercedes-Benz、Japan Post Capital、ARK Invest等が加わった(*12)。
| 発表日 | ラウンド | 金額 | 主な投資家 | 確度 |
|---|---|---|---|---|
| 2022-09 | シード系 | 1,460万ドル | 非公開 | confirmed |
| 2025-02-13 | Series A | 3.5億ドル | B Capital・Capital Factory(共同リード)、Google | confirmed |
| 2025-03-18 | Series A追加 | 5,300万ドル(Series A総額4.03億ドル) | Mercedes-Benz、Japan Post Capital、ARK Invest等 | confirmed |
| 2026-02-11 | Series A-X | 5.2億ドル(Series A総額9.35億ドル超、累計ほぼ10億ドル) | 既存:B Capital、Google、Mercedes-Benz、PEAK6/新規:AT&T Ventures、John Deere、Qatar Investment Authority | confirmed |

ここに小さいが見過ごせない矛盾がある。2025年3月発表のSeries A総額は4.03億ドルなのに、2026年2月発表では「2025年の初回Series Aは4.15億ドル」「Series A総額9.35億ドル超」と表現され、1,200万ドル程度の差が生じている(*13)。評価額も公式には非開示で「Series A評価額の3倍」としか語られず、Business Insiderは2026年6月に55億ドル超(*5)、El Paisは2026年2月に最大53億ドルと報じた(*8)。自己複製するロボットという壮大な構想の下で、自社の資金調達額さえ発表ごとに1,200万ドルずれる ―― 非公開と精度の粗さが同居している会社だという事実は、記録として残すべきである。
機械の学校 ― Robot ParkとGemini Roboticsの結線
2024年12月19日、ApptronikとGoogle DeepMindは、Apolloのハードウェアと DeepMindのAIを組み合わせて次世代ヒューマノイドを開発する戦略提携を発表した。2025年3月12日、Google DeepMindはvision-language-actionモデルGemini RoboticsとGemini Robotics-ERを発表し、Apptronikとの共同開発を明記。2025年6月24日には、ALOHAで訓練したモデルをFranka FR3とApptronik Apolloの双方に適応できたとするGemini Robotics On-Deviceを発表した(*14)。
この関係が具体的な建物になったのが、2026年6月30日に発表された約9万平方フィートの「Robot Park」である。オースティンの旗艦拠点で、Apollo 2が物流・製造・小売の顧客ユースケースを、テレオペレーション・自律実行・高忠実度物理シミュレーションを組み合わせて学習する。Google DeepMind、Mercedes-Benz、GXOなどの拠点にも同じデータ収集ワークフローを展開し、得たデータでGemini Roboticsモデルを訓練・改善するという(*7)。Robot Parkは倉庫でも工場でもない。ロボットが仕事を教わる場所であり、そこで生まれるデータそのものが、Apollo以外の身体にも輸出される汎用の教材になっている。
「Apolloが Apolloを作る」の中身
Jabilとの提携は2025年2月25日発表で、内容は二段構えである。JabilがApolloの量産設計・製造を担う一方、新造されたApolloは検証としてJabilの工場に入り、検品・仕分け・キッティング・ライン脇搬送・治具設置・サブアセンブリといった「単純で反復的な」タスクを担う。この段階を経て、顧客サイトへ配備される計画である(*1)。
つまり「Apolloが Apolloを作る」は、まだ検証されたオペレーション実績ではなく、Jabil自身が公式リリースで掲げた"意図"である。現時点で公開されているのは、稼働台数でも歩留まりでもなく、タスクの一覧と「量産への弾み車になる」という会社側の表現だけだ。この文をどう扱うかが、この記事の誠実さの試金石になる ―― 事実は「そう約束された」ことであり、「そう実現した」ことではない。
他の顧客導入は次の通りである。Mercedes-Benzは2024年3月、自社製造施設でのApollo試験導入を発表(*9)(部品搬送・kit配送・部品検査などが用途、試験場所はハンガリー工場(*10))。GXO Logisticsは2024年6月、倉庫環境での早期PoCを発表(*15)。John Deereは2026年2月のSeries A-Xに新規投資家として名を連ねるが、農業機械現場へのApollo配備は一次情報で確認できていない。X上では「2027年商用展開」「Mercedes-Benz Berlin工場配備」という投稿が広がっているが、裏付けは取れていない(*6)。
テレオペレーターという人間
この記事の中で、具体的な人間はどこにいるか。ひとつはNick Paineである。2011年、NASAのチームでValkyrieを組み立てていた博士課程の学生が、いま自分の会社のロボットをJabilの工場に送り込んでいる。もうひとつはJabilの工場で現に検品・仕分け・キッティングをしている作業者である。Apolloが担うと発表されたタスクは、彼らが今日やっている仕事のリストとほぼ重なる。
そして三つ目は、Robot Parkの中で見えにくくなっている人間である。Business Insiderの取材によれば、Robot Parkでの訓練の多くはテレオペレーションであり、人間のオペレーターがロボットの隣で監視し、次の動作を誘導している(*5)。データ生成としては有効だが、これは完全自律の商用価値とは区別すべきものだ。自己複製する機械の理論が実装される現場で、労働は消えたのではなく、工場の床からヘッドセットの向こう側へ移動しただけである。
リスクと異物感
最大のリスクは「デモから収益性ある現場稼働」への移行である。Apollo 2はRobot Parkと顧客拠点でデータを集めているが、連続稼働時間、自律率、故障間隔、単位経済性は非公開のままだ。競合比較では、Figure AIがBMWなどの自動車製造導入と独自Helix系VLA、BotQ量産構想で先行し、2025年Series C後の評価額は390億ドルと報じられている。Agility RoboticsはDigitをAmazon、GXO、Toyota、Schaefflerに導入し、2026年に25億ドル規模のSPAC上場計画が報じられた。Apptronikの評価額55億ドル超という報道はAgilityのSPAC評価を上回るが、公開されている実稼働導入の実績数ではAgilityが先を行く。

歩行型ヒューマノイドは転倒、重量バッテリー、接触安全、労働者受容性、既存安全規格への適合という課題を抱える。Apptronikが車輪型のApollo 2を用意するのは、短期商用化では二足歩行より安全規格・顧客オペレーションに合わせやすいという現実的判断とみられる。Google DeepMind側もGemini Roboticsで低レベル安全制御・semantic safety・ASIMOVベンチマークなど多層の安全設計を強調しており、AIモデル単体は現場の安全を保証しない。
2026年4月には、Waymo出身のDaniel ChuがChief Product Officer、Boston DynamicsでGlobal Services & Supportを率いたKevin GarellがSVP of Services & Support、Amazon Kindle/Alexa+出身のChirag ShahがVP of Softwareとして加わった。実験機開発の会社から、製品・フィールドサービス・組込みソフトウェア・顧客サポートを備えた商用運用体制への移行を示す人事である。
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自己複製する機械の理論的設計図を、人類は1948年から手元に持っていた。実行に77年かかったこの図面が、2025年にJabilの工場の床に初めて置かれたとき、その隣にはまだヘッドセットをつけた人間が立ち、次の一手を教えている。増殖の速度を決めているのは、いまのところロボットではなく、その隣に立つ人間の労働なのだとしたら ―― 「Apolloが Apolloを作る」という一文が本当に事実になる日、消えるのはロボットの隣に立つ人間の仕事なのか、それとも別の場所にいる誰かの仕事なのか。
出典
*1 Jabil Investor Relations「Apollo to build Apollo」(2025-02-25)、confirmed
*2 NASA Spinoff「Humanoid Robots Assist Assembly Lines」、confirmed
*3 Apptronik各種プレスリリース(2024-12、2025-03、2026-02、2026-04、2026-06の従業員数発表)、confirmed
*4 Apptronik公式Apolloページ(2023年発表)、confirmed
*5 Business Insider(2026-06-30)、probable
*6 X投稿群、weak/rumor(一次情報未確認)
*7 Apptronik「Welcome to Robot Park…」(2026-06-30)、confirmed
*8 El Pais(2026年2月)、probable
*9 Apptronik/Mercedes-Benz(2024-03-15)、confirmed
*10 Financial Times(2024-03-15)、probable
*11 Theory of Self-Reproducing Automata(John von Neumann, ed. Arthur W. Burks, University of Illinois Press, 1966)、confirmed
*12 Apptronik Raises $350 Million in Series A Funding(2025-02-13)、Apptronik Closes Additional Series A Funding, Bringing Total Round to $403M(2025-03-18)、confirmed
*13 Apptronik Closes Over $935 Million Series A with New $520 Million Extension Round(2026-02-11)、confirmed
*14 Introducing Gemini Robotics and Gemini Robotics-ER(2025-03-12)、Gemini Robotics On-Device brings AI to local robotic devices(2025-06-24)、confirmed
*15 GXO advances humanoid strategy, announces multi-phase R&D initiative with Apptronik(2024-06-20)、confirmed
未確認事項・要フォローアップ
- 「Apolloが Apolloを作る」の実際の稼働実績(稼働開始日、台数、歩留まり、自律率)は非公開。現時点で確認できるのは提携発表時点の計画・タスク一覧のみ。
- Apollo 2の詳細スペック(自由度、センサー構成、オンボード計算機、手指自由度、歩行速度、充電方式)は公式未公開。
- Apollo/Apollo 2/Apollo 3の価格、RaaS料金、保守契約、顧客別契約額、粗利は非公開。
- 2027年商用展開計画、Mercedes-Benz Berlin工場での稼働は一次情報で確認できない。公開報道で確認できる試験場所は2024年時点のハンガリー工場のみ。
- John Deereは2026年Series A-Xの投資家として確認できるが、Apollo導入・現場配備は未確認。
- Robot Parkが「旧Dell拠点」であるという主張はX等で見られるが、Apptronik公式発表では施設の前所有者・旧用途は確認できない。
- 特許ポートフォリオ、求人件数の推移、Apolloの事故・停止・労務面の批判、顧客サイト別自律率は追加調査が必要。