1977年、ある箱が1,298ドルで店頭に並んだ。Apple IIである。当時、計算する力は大学の計算センターか、国防総省か、大企業の情報システム部にあるものだった。1,298ドルという値札(現在の貨幣価値に換算するとおよそ5,000〜7,200ドル)(*1)は、その力を機関から個人の手へ渡した最初の値札の一つだった。
2026年、通販サイトのカートに入るのは脚のついた機械である。Unitree R1 AIR、4,900ドル、税・送料別。約27kg、20自由度、双眼カメラ、Wi-Fi 6、8コアCPU(*2)。これまで研究機関か大学の実験室にしかなかった「動く身体」が、個人の買い物カゴに置かれている。1,298ドルと4,900ドルの間には49年の距離があるが、この二つの値札は同じ種類の出来事なのかもしれない ― 高価だったものが、ある日突然、個人の財布で買える値段まで落ちる瞬間である。
Unitreeが2026年に賭けているのは、ロボットの価格ではない。価格が崖のように落ちた先に何が起きるかという、思想である。
価格が崖を作る
Unitreeの公式価格表を並べると、崖の形が見える。四足のGo2は1,600ドルから。小型人型のR1 AIRは4,900ドル、R1は5,900ドル。G1は13,500ドルから。フルサイズのH1・H1-2、産業用四足のB2・B2-Wは非公開だが、公開されている範囲だけでも「脚のある機械」が四桁ドルの前半で買える価格帯に入っていることがわかる(*2)。
| 製品 | 種別 | 主なスペック | 価格・販売情報 | 確度 |
|---|---|---|---|---|
| R1 AIR / R1 / R1 EDU | 小型人型 | 1230×357×190mm。R1 AIRは約27kg・20自由度、R1は約29kg・26自由度、R1 EDUは26-40自由度。稼働約1時間。R1/R1 EDUは双眼カメラ、Wi-Fi 6、Bluetooth 5.2、4マイク、8コアCPU。 | 公式価格はR1 AIR 4,900ドル、R1 5,900ドル、R1 EDUはContact Sales、税・送料別。Barron'sはAliExpress上のR1を6,820.40ドル、Wiredは約4,370ドルと報道。 | 公式スペック・価格はconfirmed、AliExpress表示価格はprobable |
| G1 / G1 EDU | 人型 | 1320×450×200mm、折り畳み時690×450×300mm。G1は約35kg・23自由度、EDUは35kg超・23-43自由度。深度カメラ+3D LiDAR、9000mAhクイックリリース電池、稼働約2時間。 | 公式価格はG1 13,500ドル、EDUはContact Sales。Barron'sはAliExpress上のG1を18,878.52ドルと報道。 | confirmed / AliExpressはprobable |
| H1 / H1-2 | フルサイズ人型 | H1は約180cm・約47kg、最高移動速度3.3m/s、潜在5m/s超、864Wh電池、最大関節トルク360Nm、3D LiDAR+深度カメラ。H1-2は約178cm・約70kg・27自由度、脚関節最大360Nm、腕関節最大120Nm。 | 公式価格は非公開。 | confirmed |
| Go2 | 民生・教育向け四足 | 約15kg、4D LiDAR L2、最大約5m/s、ピーク関節トルク約45Nm、稼働約2-4時間、積載約7-8kg(最大10-12kg、構成差あり)。 | 公式価格は1,600ドルから。 | confirmed |
| B2 / B2-W | 産業四足 | 約60kg、速度6m/s超、歩行積載40kg超、静止積載120kg以上、無負荷5時間超、20kg積載4時間超、2250Wh電池、IP67、車輪脚はオプション。 | 価格非公開。電力点検、救助、産業検査向け。 | confirmed |

AliExpress上の表示価格がWiredの報じる約4,370ドルからBarron's/Bloombergの報じる6,820.40ドルまで揺れているという事実そのものが、この崖の性質を語っている。これは工場が法人向けに見積もる価格ではない。地域、税、送料、予約条件によって日々揺れる、個人向け小売の値付けである。Apple IIも同じだった ― 発売直後の価格は販売店や構成によって揺れ、定価という概念自体がまだ制度として固まっていなかった。制度が値段を決めるのではなく、値段が制度に先んじて走り出す。それが「崖」の正体である。

ただし、この崖には公式自身が付けた注記がある。R1の製品ページは「人型ロボット産業は探索初期」と明記している。Apple IIは発売時点でBASICが動き、ゲームが動き、後にVisiCalcという実用ソフトが個人の会計を変えた「使える機械」だった。R1が同じ意味で「使える機械」なのかは、まだ誰も証明していない。価格の崖は既に落ちたが、その先に何が建つかは別の問題である。ここを混同してはならない。
ガレージ側の光 ― 誰が実際に買っているのか
Apple IIを最初に買ったのは、IBMの調達部門ではなくホビイストだった。R1・G1・Go2を最初に買っているのも、同じ構図に見える。
Unitree公式GitHubには、強化学習、MuJoCo/Isaac Lab向けシミュレーション資産、XRテレオペレーション、LeRobot統合、UnifoLM-VLA/UnifoLM-WMAといった開発者向けツールが公開されている(*3)。これは工場の調達担当者向けの資料ではなく、外部の研究者・学生・個人開発者が自分のG1やGo2を動かすための入り口である。arXivでは、G1の全身モーショントラッキング、接触リッチ制御、IMUテレオペレーション、Go2による屋内環境の三次元表現といった研究が確認できる(*4)。研究機関が高額な専用ハードウェアを発注する代わりに、通販で届いた四足ロボットで論文を書いている。
AliExpressというチャネル自体が象徴的である。法人向け商談ではなく、個人が決済ボタンを押して数週間後に自宅に届く仕組みで、R1・G1が国際的に流通している(*5)。Barron'sはR1の予約出荷開始を2026年6月30日と報じた。買い手の名前は公開されていないが、購買の形式そのものが「機関ではなく個人」を指している。これがApple IIの瞬間と呼びうる部分である ― 高価だった技術が、購買の手続きごと個人の手に移る。
同じ脚、逆の意図 ― デュアルユースという影
しかし、ガレージのホビイストしかこの崖を下りてこないと考えるのは楽観に過ぎる。安価な脚と腕は、汎用性を安さで手に入れた機械でもある。
The GuardianやFinancial Timesは、銃を搭載した四足ロボット犬の報道を行っており、中国製ロボットへの警戒が米国側で強まっていると伝えている(*6)。Unitree自身は民生用途を掲げ、危険な改造を控えるよう求めているが、機体を売る時点で改造を技術的に阻止する仕組みまでは公開されていない。研究機関という「ゲートキーパー」を経由しなくても脚のあるロボットが手に入る、という同じ事実が、教育目的の個人にも、意図の異なる第三者にも等しく開かれている。
サイバーセキュリティの面でも、2025年のarXiv論文「Cybersecurity AI: Humanoid Robots as Attack Vectors」はUnitree G1のテレメトリ送信や暗号実装上の問題を指摘した(*7)。TechRadarやPC Gamerは、G1・Go2・B2などに影響しうるBLE/Wi-Fi系の脆弱性「UniPwn」の報告を取り上げている(*7)。修正状況や再現性、影響範囲はファームウェアのバージョンに依存するため断定はできないが、公共施設・工場・家庭に入っていくロボットにとって、価格の安さと同じくらいセキュリティとガバナンスの透明性が購買条件になっていく。
Apple IIには、この意味での「影」はほぼ無かった。個人の計算機は個人の書類とゲームを扱っただけである。しかし脚と腕を持つ機械は、身体の代わりに動く。安さがもたらす自由は、そのまま安さがもたらす無防備さと表裏である。この二つは同じ4,900ドルという数字の、切り離せない両面である。
お茶の間と証券取引所 ― 二つの正常化
個人の買い物カゴに乗った機械は、同時に二つの巨大な制度にも迎え入れられつつある。一つは家庭のテレビ、もう一つは国家の資本市場である。
2025年のCCTV春節聯歓晩会では、著名監督チャン・イーモウ監修のもと、16台のH1型ロボットが伝統衣装をまとい、人間の踊り手と共に東北の民俗舞踊「秧歌(ヤンガー)」を披露した。ロボットは全身のAI駆動モーション制御と360度の深度認識により、音楽のリズムに合わせて腰をひねり、ハンカチを回した(*8)。この放送は中国で最も視聴されるテレビ番組であり、10億人規模の視聴者に届いたと報じられている(*8)。TechNodeは、この演目の直後にUnitreeの人型ロボットへの受注が急増したと報じている(*8)。2026年の春節晩会でも「功夫・カンフー」演目でのアンコール出演が予告されている(*8)。
これは、脚のある機械が「見世物」としてではなく「お茶の間の風景」として提示された、文化的な正常化である。国営放送のゴールデンタイムに映るロボットは、もはや展示会の珍しい出し物ではなく、正月の親戚の団らんの背景になった。
もう一つの正常化は資本市場である。Financial Times(2026年6月)は、Unitreeを「世界最大の人型ロボット生産者」と評し、2025年に人型ロボットを5,500台出荷、売上17億元、調整後純利益6億元、粗利率59.8%、上海証券取引所科創板(STAR Market)で2026年下期のIPO準備中と報じた(*9)。Barron's(2026年4月、Bloomberg引用)は、2025年売上を約2.5億ドル・前年比335%増、調整後純利益9,000万ドル、人型販売5,500台超と報じており、人民元換算ではFTの数字と概ね整合する(*10)。IPOの経緯は、2025年7月のReuters報道でプロセス開始、2026年3月の報道で科創板への申請受理と、確認できる段階まで進んでいる(*11)。一方、X上では「2026年7月2日にCSRCが登録を承認した」との投稿や、事業別売上(人型5.95億元・四足4.88億元)、世界人型出荷シェア32.4%、募集額42.02億元・評価額420億元といった数字も広がっているが、裏付けは取れていない。
お茶の間と証券取引所 ― 文化と資本という二つの制度が、それぞれ別の理由でこの機械を迎え入れようとしている。前者は視聴率を、後者は成長資本を求めている。個人の買い物カゴに置かれた同じ機械が、同時に国家的な祝祭の演目になり、国家的な資本市場の上場候補になっている。この同時性こそが、Unitreeという会社の現在地である。

王興興の10年、そしてもう一つのガレージ神話
Unitreeの創業者、王興興は修士課程在学中に低コスト四足ロボット「XDog」を開発し、2016年に杭州で起業した(*12)。研究室の外で個人的に低価格ロボットを作った学生が、10年後には自国最大の証券取引所への上場を準備する企業の代表になっている。
Appleにも同じ形の物語がある。1976年にガレージで最初のApple Iを組み立てた二人が、1980年には株式公開に至った。Unitreeの学生の実験と、Appleのガレージは、業種も国も49年の時間もまたいでいるが、同じ骨格を持つ ― 個人の低予算の工作が、10年前後で国家的な資本市場の主役になる、という骨格である。発明が個人の手元で起き、収穫が制度の手元で起きる。この分離の速さこそが、両者を結ぶ事実である。
もっとも、Unitreeが独走しているわけではない。中国国内ではAgiBot(智元机器人)が工場・データ収集・B2B導入で強く、UBTechは上場企業としてWalker系を自動車・工場向けに展開している。海外ではFigure AIがBMW導入とVLAモデルHelix、量産構想BotQで先行し、Tesla Optimusは未販売ながらTeslaの製造力・資本力を背景に控えている。Unitreeの優位は価格・公開販売・脚式制御・量産の初動であり、弱点は高度な手作業、安全認証、法人保守、クラウド/セキュリティの透明性である(*13)。
そしてAPは、中国が人型ロボットを量産できる一方で、買い手と実用タスクの不足が課題だと報じている(*14)。FTも、展示・教育・研究から反復収益を生む産業用途へ移行できるかがIPO評価の焦点だと指摘する(*9)。崖を下りた価格の先に、まだ「仕事」が追いついていない。個人が4,900ドルで買った機械の多くは、今のところ工場のラインではなく、研究室の机か、リビングの床の上にある。
記録に残すべき問い
計算する力が個人の手に落ちたとき、世界を作り替えたのは大企業の研究所ではなく、ガレージの学生だった。しかしその後、個人の手にあった計算する力は、やがて巨大なプラットフォーム企業に回収されていった ― Apple自身が、その最も大きな回収者の一つになった。
身体労働を担う機械が、いま同じ坂を下り始めている。4,900ドルという値札は、その坂の入り口に立っている。この機械を最初に手にしているのは、国家の工場でも軍でもなく、通販サイトでボタンを押した名もない個人であり、GitHubでコードを書く学生であり、そして偶然テレビの前に座っていた10億人の視聴者である。だが、その個人の手元にある間に、証券取引所と国営放送はすでに舞台と資本を用意して待っている。
計算する力の場合、個人の手に渡った技術が制度に回収されるまでに、それでも数十年かかった。身体を動かす技術の場合、その回収はもっと速いのだろうか、それとも今回は個人の手に長く留まるのだろうか ― この問いに答えを持っている者は、Unitreeの社内にも、まだいない。
出典
*1 Hacker News上のBLS CPI計算結果引用/247wallst等、probable(計算基準年により変動)
*2 Unitree公式 R1/G1/H1/Go2/B2各製品ページ、confirmed
*3 Unitree公式GitHub、confirmed
*4 arXiv複数論文(G1全身モーショントラッキング、接触リッチ制御、IMUテレオペレーション、Go2屋内環境の三次元表現等)、confirmed(研究例としての確認)
*5 AliExpress上のUnitree R1/G1販売ページの実在(個人購入・国際発送の仕組み)、confirmed(直接確認)
*6 The Guardian/Financial Timesによる銃搭載四足ロボットおよび米国側の警戒に関する報道、probable(現行報道)
*7 arXiv「Cybersecurity AI: Humanoid Robots as Attack Vectors」(2025年)およびUniPwn関連報道(TechRadar/PC Gamer等)、probable(研究主張として)
*8 TechNode「Unitree's humanoid robots steal the show at 2025 CCTV Spring Festival Gala」/SCMP/CGTN/Global Times各報道、confirmed(複数媒体一致)、視聴者数「10億人超」はprobable(単一系統報道)
*9 Financial Times「Will investors embrace China's humanoid robot champion?」(2026年6月)、probable
*10 Barron's「Tesla Has Some Robot Competition」(2026年4月、Bloomberg引用)、probable
*11 Reuters「China's Unitree Robotics starts IPO process」(2025年7月)および2026年3月の科創板申請受理報道、probable
*12 Unitree公式「About」、confirmed
*13 現行報道の整理(競合各社の位置付けに関する複数媒体報道)、probable
*14 AP「China can build humanoids at scale. The hard part is finding enough buyers」(2026年)、probable
未確認事項・要フォローアップ
- 2026年7月2日にCSRCがUnitreeのSTAR Market IPO登録を承認したという情報は、2026年7月10日時点の公開検索では確認できなかった。CSRC/SSE公式ページでの登録結果公告を継続確認する必要がある。
- 2025年の事業別売上、人型売上5.95億元、四足売上4.88億元、世界人型出荷シェア32.4%は、X由来情報以外の裏取りが不足している。
- IPO募集額42.02億元、評価額420億元は複数二次情報で流通しているが、招股書PDFを直接確認できていない。
- R1のAliExpress実売価格は、Wiredの約4,370ドル、Barron's/Bloombergの6,820.40ドル、公式税・送料別4,900/5,900ドルが併存する。地域別ページ、税・送料、予約販売、クーポン適用、販売者の正規性を継続監視すべきである。
- 具体的な有償顧客名、稼働台数、保守費、RaaS条件、法人SLA、故障率は非公開である。
- セキュリティ脆弱性について、Unitreeの修正済みファームウェア、第三者監査、SBOM、クラウド送信データの開示状況を確認する必要がある。
- 2025年CCTV春節聯歓晩会の視聴者数「10億人超」は本稿では単一系統の報道(interestingengineering等)に基づく引用であり、視聴率調査機関による一次データでの裏取りが望ましい。
- Apple II(1977年)の現在価値換算額は、参照する物価指数・計算ツール・基準年によって約5,000ドルから7,200ドルまで幅があり、本稿では単一の確定値を採用していない。より厳密な比較を行う場合はBLS公式CPI計算機での再計算を推奨する。