2026年、ある家庭にNEOが届く。キッチンでタオルを畳むその手は、自律的に動いているように見える。だが1Xの製品ページはこう明記している ── NEOが知らない家事に出会うと、「1X Expert」という遠隔操作モードが呼び出される。世界のどこかにいる1Xの社員がVRヘッドセットをかぶり、NEOの二つの魚眼カメラを通してその家の台所を見て、22自由度の指を動かして皿を洗う(*1)。これは想像上のディストピアではない。1X自身が製品ページで説明している、現在進行形の設計である。

そしてこの光景には既視感がある。100年前、アメリカの中流家庭の多くには住み込みの使用人がいた。1900年、世帯の約7%が使用人を雇っていたが、1950年にはその比率は2.5%まで落ちた(*2)。洗濯機が洗濯係を、皿洗い機が皿洗い係を、掃除機が清掃係を、ひとつずつ職業ごと機械へ溶かしていった100年である。NEOが売っているのは、掃除機でも洗濯機でもない。溶かされた職業を、もう一度ひとつの身体として組み直す製品である。そして499ドル/月という価格は、ロボットのレンタル料である以上に、その職業の給金を肩代わりする家賃なのではないか。

1XはBernt Øyvind Børnichが2014年にノルウェーでHalodi Roboticsとして創業した会社である(*3)。2018年に高トルク軽量サーボモーターRevo1を開発し、2022年には車輪式の産業用ヒューマノイドEVEを工場・施設に投入して自律タスクのデータを集めた。2023年に家庭向けNEOへ明確に舵を切り、2024年NEO Beta、2025年NEO Gammaを経て、2026年に一般家庭への投入を計画している。拠点はカリフォルニア州Palo Alto、製造はHaywardのNEO Factoryとノルウェー・Mossの開発拠点にまたがる。

使用人が消えた本当の理由

ただし、使用人という職業が消えた理由を「機械が人間を追い出した」と単純化するのは、史実と少しずれる。1900年代初頭のアメリカで起きたのは「サーバント・プロブレム(servant problem)」と呼ばれる現象だった。白人労働者階級の女性たちが、決まった時給と休日のある工場労働や事務職へ次々と流出し、住み込み使用人のなり手がいなくなった。彼女たちが去った穴を埋めたのは、大恐慌期以降に南部から北部都市へ移住した黒人女性たちであり、家事労働という仕事そのものが人種と階級の線に沿って再配分されていった(*4)。掃除機や洗濯機は、使用人を追い出すために発明されたのではなく、使用人がいなくなった家庭の穴を埋めるために普及した。

しかも歴史家Ruth Schwartz Cowanが指摘した通り、この機械化は家事労働の総量を減らさなかった。減った使用人の仕事は機械ではなく残った一人 ── 主婦 ── に付け替えられ、同時に清潔さの基準そのものが吊り上がったことで、時間の節約は相殺された(*5)。労働は消えたのではなく、姿を変えて誰か一人のところに集約されていた。この「消えたはずの労働は、実はどこかに移動しているだけだ」という構造は、NEOのビジネスモデルを読むときにも同じ形で現れる。

一つの身体に戻された家事

20世紀が家事を専用機械へ分解していったのに対し、NEOは同じ作業を一つの人型の身体へ再統合する。洗濯、皿洗い、片付け、会話、留守中の見守りまでを単一のハードウェアでこなすという提案そのものが、100年間の分業の逆回転である。

項目内容確度
身長 / 体重約168cm(5ft 6in)/ 約30kg(66lb)confirmed
可搬重量Lift 154lb、Carry 55lb、Arm Payload 18lbconfirmed
自由度手22×2、腕7×2、首3、脊椎2、脚6×2confirmed
速度歩行1.4m/s、最大走行6.2m/s、手8.0m/sconfirmed
電源842Wh、稼働4時間、1時間稼働分を6分で急速充電confirmed
頭脳NVIDIA Jetson Thor搭載「NEO Cortex」、最大2070 FP4 TFLOPSconfirmed
センサーデュアル8.85MP 90Hzステレオ魚眼、4ビームフォーミングマイク、Wi-Fi/Bluetooth/5Gconfirmed
安全設計全身3Dラティスポリマー被覆、関節露出なし(pinch proof)、HIC<250、手IP68、胴体IP44、静音22dBconfirmed

(*1)

手についてはさらに専用の公式記事があり、片手22自由度(手首を含めると25自由度)の腱駆動ハンドで、IP68防水、食品衛生対応と説明される(*6)。66lbという軽量さとソフトボディ設計は家庭向けの安全対策だが、Lift 154lb・最大走行6.2m/sというスペックは、誤作動時に無視できない物理的リスクでもある。子ども、ペット、高齢者、散らかった床、段差がある家庭は、工場よりも予測困難な環境である。

価格もまた、この再統合を裏づける。

契約形態内容確度
所有(Early Access)20,000ドル、3年保証、Premium Support、Priority Deliveryconfirmed
サブスクリプション499ドル/月、Starter Productivity Package、Standard Delivery込みconfirmed
NEO Contract Options
予約金200ドル、全額返金可confirmed

(*7)

一括20,000ドルという「モノを買う」選択肢と並んで、499ドル/月という「関係を続ける」選択肢が用意されている。月額課金は、ハードウェアの分割払いというより、住み込み使用人に毎月支払っていた給金の構造にずっと近い。

499ドルが本当に支払っている相手

NEOは「自律がデフォルト」と説明される。しかし知らない家事に出会うと「1X Expert」を予約し、遠隔の人間が動作を監督・誘導しながら学習を進める(*1)。この「Expert Mode」は比喩ではない。1Xは家庭に配備されたNEOを遠隔操作する「Robot Operator」を実際に求人として募集しており、VRヘッドセットを装着した社員がNEOの魚眼カメラ越しに家の中を見て、手を動かしている(*8)

1XのCEO Bernt Øyvind Børnichは、この体制を「データ収集のための必要な仕組み」と位置づけ、テレオペレーションは人間の掃除人を雇うより「むしろ安全だ」と番組内で語ったと報じられている(*9)

つまり499ドル/月は、ソフトウェアの利用料であると同時に、必要なときに家の中を見て手を動かしてくれる人間の労働への対価でもある。違うのは、100年前の住み込み使用人が同じ屋根の下に立ち、名前と顔を持っていたのに対し、いまその労働者は画面の向こうにいて、家庭の側からは名前も勤務時間も時給も、どの国にいるのかさえ見えないという点である。住み込み使用人は屋根を共有していたからこそ、待遇に不満があれば直接に交渉し、辞めることもできた。画面の向こうの労働者に、その可視性はない。

家庭という、まだ測られていない場所

オフィスも、工場も、道路も、車内も、この10年ですでにセンサーとログに埋め尽くされた。家庭はほぼ唯一、大規模には計測されてこなかった物理空間である。NEOのカメラとマイクは、その空間を継続的なデータ収集の場に変える設計そのものでもある。

1Xが公開した技術記事によれば、同社の「World Model」は900時間分の一人称視点の人間の動画、70時間分のNEOロボットデータ、400時間分の未フィルターのロボットデータを使って学習されている(*10)。この数字が示すのは、NEOという製品の価値の相当部分が、家庭という空間から日々集められる映像そのものにあるということである。ハードウェアは入口であり、本体は蓄積されるデータである。1X自身も、未知の物体や深度の推定でWorld Modelの生成が過度に楽観的になる失敗モードがあることを公式に認めている(*11)

World Model Training Data

WSJ、The New Yorker、Business Insiderはいずれも、NEOの初期タスクの多くが人間のオペレーターやテレオペレーションに依存している点を、家庭内プライバシーの論点として取り上げている(*12)。具体的なデータ保持期間、オペレーターの審査基準、監査ログ、家庭側の同意UIは、公式ページ上では確認できていない。

この賭けにいくら積まれているか

家庭に人型の身体を置くという賭けには、専用機械一台を作るよりずっと大きな資本が要る。

時期内容確度
2023年3月Series A2、23.5百万ドル。OpenAI Startup Fund主導と伝えられるprobable
2024年1月Series B、100百万ドル。EQT Ventures、Samsung NEXT等が参加probable
2024年1月時点累計調達額 約137百万ドルprobable
2025年以降10億ドル規模の追加調達との観測weak

(*13)

Funding Rounds (probable)

2025年10月28日の予約開始からわずか5日で、1Xは翌年分の生産枠10,000台を埋めたと公表している。HaywardのNEO Factoryは58,000平方フィート、従業員200人超、年産10,000台の初期能力を持ち、San Carlos拠点の稼働と合わせて2027年末までに年10万台超への拡張を目指す。主要部品は内製で、モーターは既に17,000個を生産済み、専用ハンドラインは2026年に年1万個の手を作る能力を持つという(*14)

Annual Production Capacity Target

これは、100年前に消えた職業をもう一度買い戻したいという需要が、少なくとも予約という形では実在することを示している。同時に、そこまでの規模の資本と工場と労働力を積んでようやく一つの家庭に一人分の「使用人」を届けられるという事実は、20世紀の機械化がどれほど住み込み労働を安く見せていたかを裏側から証明してもいる。

家庭に値札をつけたのは1Xだけである

Figure AIはBMWスパータンバーグ工場でのFigure 02/03稼働とHelix、BotQ量産を武器にするが、家庭用価格は公表していない。Tesla OptimusはEV・電池・FSD・量産体制を持つが、2026年7月時点で一般向けの販売価格や外部納入実績は確認できない。Boston Dynamics AtlasはHyundaiとGoogle DeepMindの文脈でCES 2026に登場し、Hyundaiのジョージア州EV工場に2028年に投入予定とAPが報じたが、これも家庭用ではない(*15)。UnitreeはG1やR1で低価格ハードを一般販売する強みを持つが、家事を代行する完成サービスというより研究・開発プラットフォームに近い。

家庭という空間に、月額での支払いという形式で値札をつけたのは、いまのところ1Xだけである。ヒューマノイド各社が工場と道路を主戦場にする中、1Xだけが台所とリビングを狙っている。

逃げ場のない使用人

100年前、住み込み使用人という仕事が消えたのは、機械が優秀だったからというより、その仕事についていた人たちが、もっと条件の良い工場や事務所へ逃げられたからだった。決まった時給、決まった勤務時間、雇い主と顔を合わせずに済む距離 ── 住み込みでは得られなかったものを、彼女たちは工業化する経済の中に見つけて出て行った。

いま1XがExpert Modeという名で家庭に呼び戻しているのは、あの仕事そのものである。ただし今度は、労働者の側に「もっと条件の良い場所へ移る」という逃げ道が、最初から見えるようにはなっていない。画面の向こうで家の中を見ながら手を動かす仕事が、この先どんな時給で、どんな契約で、どこの国で担われることになるのか。499ドル/月という家賃を払う家庭の側には、その答えはまだ見えていない。

出典

*1 1X公式「NEO Home Robot」、confirmed

*2 American Heritage「Less Work For Mother?」、probable

*3 1X公式「About」、confirmed

*4 JSTOR Daily「How America Tried (and Failed) to Solve Its 'Servant Problem'」、probable

*5 Ruth Schwartz Cowan(Wikipedia)、probable

*6 1X公式「NEO's Hands」、confirmed(会社公表値)

*7 1X公式「Order NEO」、confirmed

*8 Fortune「Not even blue-collar jobs are safe from automation」、probable

*9 Humanoids Daily「1X CEO Details NEO's 'Two Modes' and Defends Teleoperation as 'More Secure' than a Cleaner」、probable

*10 1X公式「1X World Model」、confirmed(会社公表値)

*11 1X公式「1X World Model」、confirmed(会社公表値)

*12 WSJ「I Tried the Robot That's Coming to Live With You. It's Still Part Human.」、probable

*13 VentureBeat「1X, robotic startup backed by OpenAI, receives $100M in funding」、probable

*14 1X公式「NEO Factory」、confirmed

*15 AP News「Hyundai and Boston Dynamics unveil humanoid robot Atlas at CES」、probable

未確認事項・要フォローアップ

  • NEOの実配送台数、キャンセル率、サブスクリプション比率、国際展開時期、保守費、修理SLAは未公開。
  • Expert Modeの遠隔操作を担う「Robot Operator」の雇用形態、賃金、勤務時間、雇用国、審査基準は未公開。自律動作とテレオペレーションの実タスク比率も非開示。
  • 録画データの保存期間、第三者提供の有無、ユーザー同意UI、監査ログ、プライバシー認証の詳細は要確認。
  • EVEの現行販売状況、RaaS単価、顧客名、累計稼働時間、事故・停止率は公式に確認できない。
  • 2023年Series A2の公式一次リリース、OpenAI Startup Fundの投資額・条件、1XとOpenAIの技術提携の現行範囲は要再確認。
  • Hayward/San Carlosの実生産歩留まり、部品内製率、2027年10万台能力への設備投資額は未公開。
  • 特許ポートフォリオ、第三者安全認証、家庭用ロボットとしての保険・規制対応は追加調査が必要。