2026年3月、ルノー・グループの戦略説明会で、一つの数字が公表された。350。これから18ヶ月かけて北フランス・ドゥエ工場に配備するヒューマノイドロボットの台数である(*1)。頭部を持たないフランス製の二足歩行機「Calvin-40」は、タイヤなど最大40kgの部品を1日に何百回も運び、工場の中でも特に体力を消耗する作業を人間から引き継ぐ(*1)

この350という数字の隣に、もう一つの数字を置いてみる。市場調査会社Omdiaの集計によれば、上海のFourier Intelligenceが2025年に世界で出荷したヒューマノイドGR-1・GR-2は、合計でおよそ300台である(*2)。フランスの自動車メーカーが一つの工場に18ヶ月で入れる台数が、上海のロボット企業が1年かけて全世界に売った台数を上回る。

このCalvin-40を作ったWandercraftという会社と、Fourierという会社は、実はよく似た場所から歩き始めている。

2012年、地球の両側で始まった同じ回り道

2012年、パリでニコラ・シモンが仲間と会社を興した(*3)。エコール・ポリテクニークのロボット部の部長だったシモンには、切実な理由があったと伝えられる。兄弟が進行性の神経疾患シャルコー・マリー・トゥース病(CMT)で、走る力から歩く力までを少しずつ失っていく姿を見てきたという。共同創業者の一人ジャン=ルイ・コンスタンザにも、同じ病気を持つ息子オスカーがいた(*4)。二人が求めたのは、車椅子を「唯一の移動手段」にしないための、二足歩行の自己バランス制御技術だった。この会社がWandercraftである。

同じ2012年、上海交通大学で機械工学を学んだ顾捷(グー・ジエ)が、リハビリロボットを開発するJinghe Robotを設立していた。顾は2015年にJinghe RobotをQJ Rehabへ売却し、同年にFourier Intelligenceを興している。社名は信号処理の数学的基礎を築いたフランスの数学者ジョゼフ・フーリエにちなむという(*5)。顾が求めていたのも、身体の自由を失った人がもう一度自分の脚で立つための技術だった。

地球の反対側で、同じ年に、驚くほど似た動機から、二つの「歩行を取り戻す」企業が生まれている。

回り道の終着点が、ようやく分かれた

両社の最初の商用製品は、似た軌跡を辿った。Wandercraftは2019年、自己バランス制御機能を備えた下肢外骨格Atalante(後のAtalante X)を欧州で商用化し、その年のうちに20人超の対麻痺患者を歩かせた。現在は米国を含む100超の臨床・研究施設で使われ、患者は月間100万歩以上をこの機体で歩いているという(*6)。Fourierも同時期からリハビリ機器群(ArmMotus、ExoMotus、CycleMotusなど)を伸ばし、公式には現在40カ国超・2,000超の医療機関にRehabHubを軸とする製品群を展開していると説明している(*7)

両社とも、歩行という難問を解いた先に同じ野心を見た――二足歩行ロボットを、医療の外へ連れ出すことである。Fourierは2019年にヒューマノイドロボットのプロジェクトを立ち上げ、2022年にGR-1の初代機を披露、2023年にGR-1を紹介してFourierへリブランドし、2024年にGR-2を発表したと公式に説明している(*8)

だが2025年から2026年にかけて、この二つの回り道は、ようやく分岐点にその姿を現した。

Wandercraftは2025年6月、シリーズDとして7,500万ドル(6,430万ユーロ)を調達したが、株主にはリハビリ機器の投資家だけでなく、自動車メーカーのルノー・グループ自身が名を連ねた(*9)。ルノーは出資者であると同時に、量産のノウハウを持ち込む立場であり、Calvin-40の最初の商用パートナー兼顧客にもなっている(*9)。Calvin-40は、12年かけて磨いてきた外骨格の自己バランス制御技術をそのまま転用し、開発期間はわずか40日、NVIDIA Isaac GR00T N1基盤モデルとJetsonエッジAIプラットフォームの上に構築された(*10)。ヘッドレスの筐体は最大40kgのペイロードを1日8~22時間運び続ける設計だという(*10)。そして2026年3月、ルノーはこの機体を350台、ドゥエ工場に投入すると発表した(*1)。医療という回り道は、Wandercraftにとって、自動車工場という巨大市場への入り口だったことになる。

本業は地味に、しかし確かに強い

Fourierの回り道は、逆向きに機能している。リハビリ事業はヒューマノイドへの「入り口」ではなく、いまも会社を支える本業そのものだ。米フロリダのBrooks Rehabilitationとは2025年6月に神経リハビリの臨床研究で提携し(*11)、フランスのKurageとは同年5月にNeuroSkinとExoMotus M4を組み合わせる独占提携を結び(*12)、マレーシアのUMMCとは2024年12月に共同研究ラボ設立で合意し(*13)、欧州のRymo Technologiesとも2024年11月に販売提携を発表した(*14)。上海の曙光医院や雲南省羅平県人民医院といった実際の病院が、MetaMotus Galileoを使い続けている(*15)

製品/サービス位置づけ主な確認済み仕様
GR-1初代フルサイズヒューマノイド身長165cm・重量55kg・44関節・最高5km/h・ピークトルク230Nm(*16)
GR-2GR-1後継身長175cm・重量63kg・稼働2時間・53関節・ピークトルク380Nm・12自由度ハンド(*17)
Fourier Rehab/RehabHubリハビリ本業40カ国超・2,000超機関、30種類超のロボットを統合(*7)
MetaMotus Galileoリハビリ訓練プラットフォーム6自由度モーションプラットフォーム、免荷、モーションキャプチャ、無線sEMG(*15)
ArmMotus/ExoMotus/CycleMotus等リハビリ機器ポートフォリオEMU、M4、M2 Pro、M1A、M1W等を展開(*7)
オープンソース/SDK開発者エコシステムURDF/MJCF、Isaac Gym、MuJoCo、teleoperation、dexhand SDKを公開(*18)

価格欄をすべて空欄にしたのには理由がある。この表のどの行にも、公開された価格が一つもない。GRxもリハビリ機器も、購入条件はすべて「Contact Sales」であり、法人向けSLAも保守費用も外部からは見えない。だが、リハビリ側には40カ国2,000超機関という「実績のものさし」があるのに対し、ヒューマノイド側には、それに相当するものさしがまだ存在しない。

賭けの値段が、まだ見えていない

NVIDIAが発表した基盤モデルGR00T N1の論文は、実機実証の対象としてFourierのGR-1を選び、言語指示付きの両手作業を実演させている(*19)。GitHub上でGRx向けのURDF/MJCF、Isaac Gym、MuJoCo、teleoperation、dexhand SDKを公開してきたのも(*18)、GRxを「売る身体」だけでなく「研究者が使う身体」として位置づける戦略の表れと読める。2025年にはGR-3シリーズ、ケア用ロボットのN1、独自の行動基盤モデルFourierActionNetも相次いで発表しており(*8)、開発の手を止めた様子はない。

しかし商用の物差しで測ると、規模はまだ小さい。Omdiaが2026年1月にまとめた2025年の世界ヒューマノイド出荷ランキングでは、AgiBotが5,168台、Unitreeが4,200台、UBTechが1,000台、Leju Roboticsが500台、Engine AIが400台と並び、Fourierは300台で、名前の挙がった企業の中では最下位に近い位置につけている(*2)。この推計から間もなく、Unitree自身が公式に「2025年の実出荷は5,500台を超えた」と上方修正しており(*20)、先頭集団の背中はさらに遠のいている。

2025 Humanoid Shipments (Omdia)

Fourierの300台という数字を、Wandercraftがルノー一社に納入予定の350台と並べると、意味は一つしかない。Fourierが1年かけて世界中の顧客に売った台数より、フランスの自動車メーカーが一つの契約で買った台数の方が多い。ヒューマノイドという賭けは、まだ賭け金にすら達していない。

One Contract vs One Year

どちらが、どちらを養っているのか

Fourierの資金調達額、評価額、GRxの実売価格、法人向けSLA、累計出荷台数は、いずれも公式には開示されていない。IDG CapitalやSaudi Aramco系資金が支援しているという情報もあるが、一次資料では確認できていない(*21)。SNS上ではシリーズEでの調達や具体的な評価額についての投稿も見られるが、公式発表や主要報道での裏付けは取れていない。つまり、リハビリ事業の収益がヒューマノイド開発の先行投資をどこまで埋めているのか、あるいは埋めていないのか、外部からは見えない。見えるのは、片方が40カ国2,000機関という実績を持ち、もう片方が300台という数字を持っている、という非対称だけである。

Wandercraft側では、この非対称がすでに資本によって動き始めている。自動車メーカー自身が株主になり、同時に顧客にもなったことで、量産投資の重心は自動車工場の側へ大きく傾いた。Atalante Xという医療事業は今後も臨床採用の拡大が見込まれるとされるが(*9)、会社の成長を牽引する主役はすでにCalvinに移りつつある。

Fourierには、その重心の移動がまだ起きていない。あるいは、起こす必要がないのかもしれない――40カ国2,000機関という実績のある本業を、まだ収益化できていない賭けのために手放す理由は、どこにもないからだ。

2012年に地球の両側で同じ動機から始まった二つの回り道は、14年後、片方は自動車工場の中でタイヤを運ぶ350台になり、もう片方は世界中からかき集めても300台にしかならない機体のままである。本業が賭けを養い続けられる限り、賭けは急ぐ必要がない。Fourierの40カ国2,000機関という実績が先に頭打ちになるのか、それとも300台という数字が先に動き出すのか――どちらが先に来るかで、この会社の正体が決まる。

出典

*1 Renault Deploys 350 Headless Humanoid Robots to Factory Floors、confirmed

*2 Top 10 Humanoid Robot Companies By Shipments Revealed、probable

*3 Wandercraft, 'Ordinary lives for extraordinary people'、confirmed

*4 Wandercraft, 'Ordinary lives for extraordinary people'、probable

*5 Alex Gu (Gu Jie) | CompassList、probable

*6 Wandercraft earns second FDA clearance for Atalante X exoskeleton、confirmed

*7 Fourier Rehab、confirmed

*8 Fourier About Us、confirmed

*9 Wandercraft raises $75M to scale exoskeletons, humanoids、confirmed

*10 Calvin-40 - Robot Details, Use Case and Specifications、confirmed

*11 Brooks Rehabilitation MOU、confirmed

*12 Kurage MOU、confirmed

*13 UMMC MOU、confirmed

*14 Rymo Technologies partnership、confirmed

*15 MetaMotus Galileo、confirmed

*16 Fourier GR-1、confirmed

*17 Fourier GR-2、confirmed

*18 FFTAI GitHub、confirmed

*19 arXiv:2503.14734 GR00T N1、confirmed

*20 Unitree Ranks No.1 Globally in Humanoid Robot Shipments, Exceeding 5,500 Units in 2025、confirmed

*21 Fourier (company) - Wikipedia、probable

未確認事項・要フォローアップ

  • GR-1/GR-2/GR-3/N1の実売価格、RaaS条件、保守費用、法人向けSLA、納期、保証条件。
  • GR-1/GR-2の累計出荷台数、および2025年出荷約300台というOmdia推計の一次資料(自社発表・監査済み数値)での裏取り。
  • Fourierの資金調達履歴、投資家、評価額。IDG Capital、Saudi Aramco系資金の関与は二次情報のみで一次資料未確認。SNS上のシリーズE(約1.09億ドル、評価額約3億ドル、Prosperity7/SoftBank Vision Fund/Junshan Capital参加)は公式・報道ともに未確認。
  • リハビリ事業とヒューマノイド事業の売上・利益の内訳。片方が他方の開発費をどの程度負担しているかは非公開。
  • FourierとGalbot(银河通用)など他の中国ヒューマノイド企業との協業有無。
  • リハビリ機器の国別医療機器認証、保険償還、臨床試験結果、導入後アウトカム、稼働率。
  • Wandercraft Calvin-40の1台あたり価格、リース条件、Renault以外の顧客(Sapaなど)への納入実績・台数。
  • GRxのサプライチェーン内訳、FSA/FSA 2.0の量産能力、主要コンピュートモジュール・センサー供給元。