2025年11月5日、広州。XPENGの年次イベント「AI Day」のステージで、ヒューマノイド「Next-Gen IRON」が滑るように歩き、腰を振ってポーズを決めた。動画はその晩のうちに世界中へ拡散したが、拡散した理由は称賛ではなく疑惑だった――あの動きは人間にしか出せない、中に人が入っているのではないか(*1)

XPENGの答えは、24時間後にもう一度ステージへ戻ることだった。CEOの何小鵬(He Xiaopeng)自身が刃物を手に取り、歩くIRONのそばに立って脚の人工皮膚を切り開いた。露出したのは、皮膚の下で束になった人工筋肉とアクチュエータと配線だった。ロボットは切られた脚のまま、再び歩いてみせた。何小鵬はのちに、チームは「人間が入っているという疑いに、かなり心外な思いをした」と語っている(*2)

この光景は、ロボット工学が70年近く抱えてきた問題をそのまま裏返している。人型ロボットが直面してきたのは、人間に近づけば近づくほど、最後の一歩手前で「気味が悪い」に転落するという壁――1970年に森政弘が名付けた「不気味の谷」だった(*3)。IRONで起きたのはその反対の事態である。人間らしすぎて、観客はそれが機械だと信じなかった。

一つの名前が、二つの意味を持っていた

さらに遡ると、この夜のステージは、1950年にアラン・チューリングが提起した問いを二重に裏返していた。チューリングは論文「Computing Machinery and Intelligence」の中で、機械が会話だけで人間を演じきれるかを問う思考実験――のちに「チューリングテスト」と呼ばれる基準を示した(*4)。2000年代、インターネットは同じ枠組みを逆向きに使い始めた。CAPTCHA(Completely Automated Public Turing test to tell Computers and Humans Apart)は、人間の側に「自分はコンピュータではない」と証明させる関門として世界中のログイン画面に置かれた(*5)。IRONの一夜は、そこからもう一段階、向きを変えた。証明を求められたのは、人間を演じる機械ではなく、機械が機械であることそのものだった。

そしてこの偶然には、皮肉と呼ぶには出来すぎた符合がある。IRONの頭脳にあたる計算チップの名は「Turing(図霊)」――XPENGが2024年8月にテープアウトを発表し、同年11月のAI Dayで公式に披露した自社開発チップであり、命名の由来は明示的にアラン・チューリングである(*6)。人間を演じる機械を測るために生まれた名前を積んだ機械が、75年後、機械であることを証明するために切り開かれた。

XPeng Roboticsという事業自体の生い立ちも、一夜にして生まれたものではない。公開されている二次情報によれば、起点は2016年設立のスタートアップ「多够机器人(Dogotix)」で、2020年に何小鵬個人とXPeng本体が出資して経営権を握り、2023年10月には残る持分も取得したと伝えられる(*7)。今のIRONは、9年がかりで飲み込まれてきた小さなロボット企業の、最新の姿である。

中身は、切られても持ちこたえる程度には本物だった

疑惑を鎮めたのは弁舌ではなく、切られた断面がなお動いたという事実だった。XPENG公式発表によれば、Next-Gen IRONは82自由度、手部だけで22自由度、小型ハーモニックジョイントによる人間と同寸法の手、全固体電池、バイオニック筋肉と柔軟スキンを備え、「VLT(ロボット専用大規模モデル)」「VLA」「VLM」を組み合わせた三層の知能構成を持つ。搭載するTuring AIチップは3基で、公式の合計値は3000 TOPSである(*8)。一部海外メディアは2250 TOPSと報じているが、これはXPENGが車載向け「Ultra」構成について公表した数値と混同している可能性が高い(*9)

IRON Compute: Official vs Reported TOPS

初代IRON(2024年発表)と比べると、進化の軸がわかる。

項目IRON(初代・2024年)Next-Gen IRON(2025年11月)
開発経緯5年の開発期間を経て発表初代から1年でのフルモデルチェンジ
自由度60超の関節、200超の自由度全身82自由度、手部22自由度
動力源非公開全固体電池
頭脳非公開Turing AIチップ×3、公式値3000 TOPS
知能構成非公開VLT + VLA + VLM
稼働実績XPENGの工場・店舗で稼働Baosteel(宝山鋼鉄)で検査業務の実証開始

初代の情報は(*10)、Next-Gen IRONの仕様は(*8)、Baosteel連携は(*8)による。

仕様が本物だったことは、この会社が単体のロボットを作っているのではないという事実とセットで読む必要がある。XPENGは同じVLA 2.0とTuringチップを、乗用車、Robotaxi、ヒューマノイド、さらには「飛行車」にまで横展開する方針を掲げ、IRONのSDKも外部開発者に開放すると発表した。Volkswagenは車載向けVLA 2.0のローンチカスタマーとなり、Turingチップの採用も決めている(*8)。つまりIRONの脚の中にあるチップの開発費は、XPENGの車、他社の車、ロボット、飛行車のあいだで分割払いされている。ヒューマノイドは孤立した賭けではなく、既存の開発費を薄く延ばすための器でもある。

車という身体が、薄利になった年に

なぜ今、この会社は「もう一つの身体」に賭けているのか。答えの半分は、車という身体の経済がどこへ向かっているかにある。

XPENG本体の数字だけを見れば、悪くない年だった。2025年第3四半期の売上は203.8億元、納車は11万6007台、粗利率20.1%、純損失は3.809億元まで縮小した(*11)。第4四半期には四半期ベースで初の黒字を計上し、2025年通年の納車台数は42万9445台に達している(*12)

XPeng Q3 2025 Snapshot

しかし業界全体を見ると、この健闘は薄氷の上に立っている。中国自動車産業全体の売上高利益率は、2026年第1四半期に3.2%まで落ち込んだ。車1台あたりの粗利益はおよそ1万1000元まで削られている(*13)。値下げ合戦は限界に達し、2026年2月、中国国家市場監督管理総局は原価割れ販売を禁じる規制を最終決定した。この規制の遵守を表明した自動車メーカーの一社としてXPENGの名も挙がっている(*14)

つまりXPENGは、車という身体の商売をどれほどうまくやっても数パーセントの利益率にしか届かず、値引きそのものが国家に禁じられる産業に身を置いている。ヒューマノイドは、まだ誰も値引き競争を始めていない身体である。切り開かれた脚の中身が「本物」でなければならなかった理由は、これで二重になる――観客の疑いを晴らすためだけでなく、この会社自身が、次の身体は本物だと自らに証明する必要があったからだ。

ラインの前に立つのは、誰か

この物語に出てくる人間を数えると、思ったより少ない。

一人目は何小鵬本人である。壇上に立ち、自社の最新鋭機の脚に刃を入れたのは、広報担当者でも無名のエンジニアでもなく創業者自身だった。名指しされているもう一つの現場がBaosteelである。XPENGはBaosteelを「エコシステムパートナー」とし、検査など産業領域でIRONの実証を進めると発表した(*8)。検査という仕事は、これまで人間の目と経験と根気が担ってきた仕事である。

三人目、四人目は名前を持たない。XPENGがNext-Gen IRONの最初の商用シナリオに挙げるのは、案内、ショッピングガイド、集客――今この瞬間、店舗やショールームで同じ仕事をしている店員たちである(*8、*9)。

そして最後に、名前どころか実在すら確認されていない一人がいる。11月5日の夜、動画を見た世界中の人々がIRONの中に「隠れた人間」を見た。中に誰かがいるはずだという疑いは、称賛でも恐怖でもなく、もっと素朴な反応だった――これほど滑らかに動く体には、誰かの労働が入っているはずだ、という直感である。何小鵬が脚を切り開いて見せたのは機械の中身であって、この直感そのものは、まだ何によっても切り開かれていない。

一段落早い賭け

中国国内だけでも、Unitreeが実売価格を公開して量産機を売り歩き、AgiBotが工場実証とデータ基盤で存在感を示し、UBTechが上場企業として自動車工場への納入を進めている。XPeng Roboticsの差別化は、車載グレードの計算基盤とVLAモデル、そして自動車ブランドとしての店舗・工場接点にある。ただし公開された価格も、外販の実績も、まだ存在しない。IRONが本当に「商品」になるかどうかは、2026年末に予定される大規模量産の先でしか確かめられない。

人間であるという証明と、機械であるという証明は、この75年のあいだに何度も向きを変えてきた。1950年、チューリングは機械が人間を演じられるかを問うた。2000年代、CAPTCHAは人間に「自分はコンピュータではない」と証明させた。2025年11月、XPENGは壇上で、機械に「自分は人間ではない」と証明させた。

次にこの証明を求められるのは、どちらだろうか。ますます滑らかに動く機械の方か。それとも、値下げ合戦の果てに国から価格の下限を管理され、店頭でその機械と並んで働くことになる、生身の店員や検査員の方だろうか。

出典

*1 CnEVPost「Xpeng's Iron humanoid robot looks so real that some suspect it hides a human inside」、probable

*2 Fox News「Xpeng cuts open humanoid robot to prove it's real after viral doubt」、confirmed

*3 IEEE Spectrum「The Uncanny Valley: The Original Essay by Masahiro Mori」、confirmed

*4 Wikipedia「Computing Machinery and Intelligence」、confirmed

*5 Wikipedia「CAPTCHA」、confirmed

*6 carnewschina「Xpeng details its new AI Turing chip that it will use in its cars」、confirmed

*7 中文Wikipedia「小鵬汽車」機器人節、probable/一部weak

*8 XPENG公式「2025 AI Day」発表、confirmed

*9 Live Science「Watch: Chinese company's new humanoid robot moves so smoothly, they had to cut it open to prove a person wasn't hiding inside」、probable

*10 Business Insider「Tesla's Chinese EV competitors are racing to build their own Optimus rivals」、probable

*11 WSJ「Xpeng's Net Loss Narrows on Record Sales, Margins」、probable

*12 Investor's Business Daily「Xpeng Earnings」、probable

*13 Gasgoo「Q1 2026 China's Auto Industry Profit Falls 18% YoY, Sales Profit Margin Drops to 3.2%」、probable

*14 Bloomberg「China Bans Below-Cost Car Sales to End Prolonged Price War」、confirmed

未確認事項・要フォローアップ

  • XPeng Robotics単体の法人構造、現在の正式社名、持分比率、連結範囲、2023年のPengxing Intelligent(鹏行智能)取得額・条件は公式IR資料での確認が取れていない。
  • IRONの販売価格、RaaS条件、保守費、SDK利用条件、保証、量産後の出荷対象地域は未公開。
  • 2026年末の「大規模量産」が何台規模を意味するのか、量産開始日、月産能力、歩留まり、主要サプライヤーは未公開。
  • Baosteelでの実証が有償契約かPoCか、導入台数・稼働時間・成功率・安全指標は未確認。
  • 広州のEmbodied Intelligence Data Factoryの規模、収集データの種類、プライバシー処理、外部開発者へのデータ提供条件は未公開。
  • Turing AIチップの3000 TOPSと、一部メディアが報じる2250 TOPSの食い違いは、車載「Ultra」構成とロボット用3チップ構成の混同である可能性が高いが、XPENG自身による明示的な訂正は確認できていない。