富士山麓、山梨県忍野村。夜の工場に照明はない。人の姿もない。空調も止まっている——本来なら精密機械を守るために欠かせないはずの温度管理さえ、ここでは切られている。動いているのは黄色い機体だけだ。ロボットがロボットを組み立てている。ある時期、この工場は24時間で約50台のロボットを生み出し、人手を介さずに最長30日間動き続けたと、当時取材した記者に幹部が語った。「照明を消すだけじゃない。空調も暖房も切っている」(*1)。FANUC自身、いまも夜間・週末を含む長時間の無人運転を進めていると公式に説明する(*2)

だが、この工場の主役は黄色い機体そのものではない。その中に埋め込まれた、掌に乗るほど小さな制御装置のほうだ。

2024年以降、シリコンバレーでは「どんな身体にも入る頭脳」という発想に、Physical Intelligenceが累計11億ドル、Skild AIが直近ラウンドだけで14億ドルの資金を集めている(*22)(*23)(*24)。どのロボットの形をしていようと、脚が4本だろうと2本だろうと、腕が1本だろうと2本だろうと同じ知能で動かす——これがまるで初めての発想であるかのように語られている。しかしこの発想を、工作機械という「身体」に対して初めて商業化したのはFANUCであり、それは70年前のことである。頭脳を身体から切り離して売るというアイデアを、FANUCはすでに一度、世界の半分を握るところまで実行している。そしていま、その同じ会社が、自社の身体に他人の頭脳を迎え入れ始めている。

頭脳と身体の分離、その起源

数値制御(NC)という発想が最初に形になったのは、日本ではない。1949年、米空軍の資金でパーソンズ社とMITサーボメカニズム研究所が契約を結び、ヘリコプターのローターブレードのような複雑な曲面を、人間の熟練工の手に頼らず正確に削り出す機械の開発に着手した。1952年、パンチテープで座標を読み込み、切削工具の動きを自動制御する試作機がMITで完成した(*3)。冷戦下の航空機産業が生んだ、身体(工作機械)とは独立した頭脳(制御装置)というアイデアである。

この発想は太平洋を渡った。1955年、富士通は若手技術者だった稲葉清右衛門にNC専門部門の立ち上げを託し、翌1956年には日本初の国産NC・サーボを開発、1958年に牧野フライス製作所へ初の商用NC装置を出荷した(*4)。1971年時点で、この部門はすでに日本国内NC市場のおよそ8割を握っていたとされる(*5)。そして1972年、富士通からの独立を果たし、ファナック株式会社として発足する(*4)。頭脳を売る事業が、自らを生んだ親会社という「身体」からも独立した瞬間である。

その後の展開は速い。1977年に産業用ロボットの商用生産を開始、1982年時点で世界CNC市場の半分を握ったとされ(*6)、2015年にロボット累計40万台、2017年に50万台、2023年に100万台に到達、CNCは2022年に累計500万台を出荷した(*4)。米空軍が資金を出し、MITが形にした発想は、発明した国では主役になれず、それを引き取った忍野村の一企業が世界市場の主役になった。

Cumulative Robots Shipped

この「一つの頭脳、多数の身体」という構造は、いまも製品ラインナップそのものに刻まれている。同じ制御アーキテクチャの系譜が、可搬0.5kgの高速ピック&プレースから可搬2,300kgの自動車ボディ搬送まで、射出成形機から放電加工機まで、驚くほど広い範囲の「身体」を動かしている。

製品/ライン用途主な公開スペック
CNC(制御装置)工作機械・一般産業機械の制御Series 500i-A、0i-MODEL F Plus、30i/31i/32i-MODEL B Plus等、単純な機械から最も複雑な機械まで対応(*8)
CRX協働ロボット人協働の搬送・組立・アーク溶接6軸、可搬3-30kg、繰返し精度±0.02-0.05mm、直接教示・タブレット操作対応(*9)
SR SCARA小型部品搬送・整列・組立可搬3-20kg。SR-9iA/Rは4軸、可搬9kg、リーチ620mm(*9)
LR Mate/M-10/M-20/M-710等小中型6軸ロボット可搬4-130kg。搬送・組立・溶接・シーリング・バリ取り(*9)
R-2000/M-900等大型自動車・重量物・スポット溶接可搬100-2,300kg、繰返し精度±0.05mm(*9)
M-410パレタイジング物流・包装ライン4/5軸、可搬110-800kg、繰返し精度±0.04mm(*9)
DRデルタ食品・小物高速ピック&プレース可搬0.5-12kg、動作範囲φ280mm-φ1600mm(*9)
ROBODRILL小型マシニングセンタNo.30主軸テーパ、高速・高精度・高効率コンパクト機(*10)
ROBOSHOT全電動射出成形機α-S15iBからα-S450iB、型締力15-450ton、全機種にFANUC製CNC/サーボを搭載(*10)
ROBOCUTワイヤ放電加工機α-C400iC/600iC/800iC、XYテーブル移動量400×300~800×600mm(*10)
FIELD system Basic Package工場データ基盤CNC・ロボットをLAN接続し稼働可視化・異常兆候検知、OPC UA/MTConnect対応(*11)
AI Servo MonitorCNC機の予知保全追加センサー不要、300台超の実生産機で4年間運用し37件の兆候検出実績。ライセンス買い切り(*12)

価格は公式サイトで公開されておらず、標準機・コントローラ・周辺機器・SI費・保守契約を含む案件見積もり型とみられる。公開されている価格情報はAI Servo Monitorの契約形態(ライセンス買い切り、2年目以降の保守契約は任意)程度で、他は非公開のままである。

会社の輪郭も確認しておく。ファナック株式会社は資本金690億円、本社は山梨県南都留郡忍野村忍草3580、178万平方メートルの森林の中にある。東証上場(証券コード6954)、代表者は山口賢治President(*7)。VC調達を経ていない、自己資本の厚い製造業である。

沈黙の設計

森は偶然そこにあるのではない。創業者・稲葉清右衛門は本社周辺に森を作らせ、社屋も作業服も一貫して黄色に統一させたと伝えられる。その色を彼自身は「皇帝の色」と呼んだという(*14)。忍野村という立地自体、外部からの視線を遮る意図の産物だったと報じられている。

長らくFANUCには投資家向け広報部門がなく、決算説明会もほとんど開かれなかった。この壁を崩したのが、2014年末に同社株を取得したダニエル・ローブ率いるThird Pointである(*15)。ローブは日本政府関係者の後押しも受けながら経営陣との対話を求めた。2015年2月時点でFANUCは世界の産業用ロボット市場の6割を握り、純利益は前年比67%増の約16億ドル、時価総額は440億ドル、配当性向はわずか1%だったと報じられ、この報道が流れただけで株価は3.6%跳ねたという(*14)

創業家の沈黙は、投資家の圧力ひとつで崩れるようなものではなかった。2026年3月期の実数を見れば、それがわかる。連結売上高8,578億円(前年比+7.6%)、営業利益1,838億円(+15.7%)、経常利益2,274億円(+15.6%)、親会社株主帰属純利益1,665億円(+12.9%)。営業利益率は21.4%、自己資本比率89.2%、期末現金及び現金同等物は6,150億円にのぼる(*13)。セグメント別ではFAが2,085億円(24.3%)、ROBOTが3,786億円(44.1%)、ROBOMACHINEが1,296億円(15.1%)、Serviceが1,411億円(16.5%)。ローブの介入から10年が経っても、この会社は依然として現金を溜め込み、多くを語らず、営業利益率20%超を維持している(*13)

FY2026/3 Revenue by Segment

この物語に、生身の人間はほとんど登場しない。それ自体が、この会社が70年かけて実現してきたことの結果でもある。工場の照明を消し、空調を切り、人手を介さない期間を30日にまで延ばしてきた会社の歴史に、作業者の姿が乏しいのは当然かもしれない。登場するのは、その不在を語る側の人間——「空調も暖房も切っている」と述べたFANUC幹部、沈黙の壁に対話を強いた投資家、森と黄色を選んだ創業者とその後を継いだ息子——だけである。

競合はKUKA、ABB Robotics、Yaskawa Electric、Kawasaki Robotics、Mitsubishi Electric、Denso、Universal Robotsなど。KUKAは自動車ボディラインと欧州系システムインテグレーション、ABB RoboticsはRobotStudioやOmniverse連携、YaskawaはサーボとMOTOMANによる北九州生産、Kawasakiは大型・塗装・半導体分野で競う(*16)(*17)

世界シェアの数字は慎重に扱う必要がある。FANUC公式はROBODRILLとROBOSHOTについて「世界トップレベルの市場シェア」と述べるが具体比率は非公開である(*25)。CNC制御では古くから「世界シェア65%」という数字が語り継がれてきたが(*6)、業界の市場分析では「50〜60%」という幅で語られることも多く(*18)、確定した現行値として一本化するのは難しい。産業用ロボットの世界シェアについても、メーカー別の現行順位を語る公開情報は一様ではない。

身体を貸す番

そして2026年、立場が反転し始める。

FANUCはGoogleとの協業を発表した。Gemini Enterpriseを用いたAIエージェントが自然言語の指示を理解し、物体認識とロボット操作を行うデモを公開し、Physical AI関連用途向けにすでに1,000台超を出荷したと説明している(*20)。NVIDIAとの協業では、ROBOGUIDEとNVIDIA Isaac Simを統合し、NVIDIA PhysXによるビンピッキングの物理シミュレーション、NVIDIA GR00T Nを用いたCRX双腕ロボットによるTシャツ折りたたみの模倣学習、Jetson Thor搭載による人回避AIロボットを発表した。旧世代からJetson T5000への置き換えでAI計算性能が7.5倍超に向上したという(*21)。FANUC Open Platformは公式ROS 2 driverをGitHubで公開し、Python実行、1ms通信のStream Motionを備え、可搬3kgから2,300kgまでの広いFANUCロボット群を対象としている(*19)

70年間、FANUCの事業の核心は「頭脳を売る。身体は誰が作ってもいい」だった。牧野フライスの工作機械にも、他社のプレス機にも、FANUC製の制御装置さえ載せてもらえればよかった。ところがいま、FANUCの黄色い機体そのものが「身体」となり、その上にGoogleの言語モデルや、NVIDIAの推論チップという、自社製ではない頭脳が載り始めている。

同じ時期、Physical Intelligenceは2024年11月に4億ドルのシリーズAを、2025年11月には56億ドルのバリュエーションで追加6億ドルを調達した(*22)(*23)。Skild AIは2024年に3億ドルを、その後SoftBank主導で14億ドル規模を追加調達し、企業価値は140億ドルに達したと報じられている(*24)。両社が売り込んでいるのは「どの身体にも入る頭脳」という発想であり、シリコンバレーではこれが新しい発明として語られている。だがFANUCは、この発想を1956年に、忍野村の森の中ですでに一度、事業化している。違いは、今回その「頭脳」の値札を書いているのがFANUCではなく、Googleとエヌビディアだという点だ。

Robot-Brain Startup Funding Rounds

沈黙が守れないもの

財務上のリスクは従来通りである。ロボット需要は自動車、EV、工作機械、中国の設備投資、米国の関税、為替の変動と強く連動する。2026年3月期決算でも、地政学リスク、米国関税、為替変動が不確実性として挙げられている(*25)。技術面では、Google・NVIDIAとの連携による「1,000台超出荷」は重要な数字だが、顧客名、単価、稼働率、AI機能の本番利用比率は公開されていない。

NC(数値制御)は、生まれた国では主役になれず、それを引き取った忍野村の一企業が世界市場の半分を握った。いまFANUCの黄色い工場には、Googleの言語モデルとNVIDIAの推論チップという、自社製ではない頭脳が並び始めている。頭脳を売って世界を獲った会社が頭脳を買う側に回ったとき、この産業でいちばん値の張る部分は、今度はFANUCの手からも離れていくのか。それとも、忍野村の森と沈黙は、今回もその答えを外に漏らさないまま、握り続けるのか。

未確認事項・要フォローアップ

  • FANUCの2025-2026年時点における産業用ロボットおよびCNC制御の厳密な世界シェア。無料一次情報では確定不可。
  • 標準ロボット、CRX、SR、ROBODRILL、ROBOSHOT、FIELD system、AI Servo Monitorの公開定価、保守料金、RaaS条件。
  • Google Gemini/Intrinsic、NVIDIA Isaac/GR00T/Jetson Thor連携の顧客名、導入台数、量産ラインでの稼働指標、および両社との契約が売り切りかレベニューシェア型かという資本構造。
  • 2015年のThird Point介入以降、FANUCの投資家対応・情報開示姿勢が実際にどこまで変化したかの継続的な検証(配当性向・株主還元方針の推移)。
  • KUKAの2026年7月大型受注、ABB Robotics買収融資、Doosan/Hyundai/Naver 1784等の直近動向。公式発表・一次報道での追加確認が必要。

出典

*1 Wikipedia「Lights out (manufacturing)」)、probable

*2 FANUC「Introduction of Factories」、confirmed

*3 IEEE Computer Society「Computer Pioneers: John T. Parsons」、probable

*4 FANUC「FANUC's History」、confirmed

*5 FundingUniverse「History of Fanuc Ltd.」、probable

*6 Wikipedia「FANUC」、weak

*7 FANUC「Outline」、confirmed

*8 FANUC「CNC」、confirmed

*9 FANUC ロボット製品ページ群(CRX/SCARA/Small-Medium/Large/Palletizing/Delta)、confirmed

*10 FANUC「ROBODRILL」「ROBOSHOT」「ROBOCUT」製品ページ、confirmed

*11 FANUC「FIELD system Basic Package」、confirmed

*12 FANUC「AI Servo Monitor」、confirmed

*13 FANUC「Consolidated Annual Financial Results FY2025」(2026-04-24)、confirmed

*14 LinkedIn(Jeremy Hazlehurst)「Wall Street takes on the Japanese robot masters」、probable

*15 Wikipedia「Third Point」、probable

*16 Financial Times「China struggles to master high-end machine tools」(2025)、probable

*17 MarketWatch「SoftBank to pay $5.4 billion for robotics producer」(2025)、probable

*18 AInvest「Fanuc's Market Share Erosion and Industry Tailwinds」、weak

*19 FANUC「FANUC Open Platform」、confirmed

*20 FANUC「Collaboration with Google」(2026-05-13)、confirmed

*21 FANUC「Collaboration with NVIDIA」(2026-05-15)、confirmed

*22 SiliconANGLE「AI startup Physical Intelligence raises $400M to create a brain for any robot」(2024-11-04)、probable

*23 The Robot Report「Physical Intelligence raises $600M to advance robot foundation models」、probable

*24 The Robot Report「Skild AI raises $1.4B to build 'omni-bodied' robot brain」、probable

*25 FANUC「Integrated Report 2025」、confirmed