1968年10月、川崎航空機工業(当時の社名)は米ユニメーション社と技術提携契約を結んだ。同社の技術者たちは太平洋を渡って教わりに行き、実機を持ち帰って研究を重ねた。目的は、日本にまだ存在しない技術を国内で再現することだった(*1)。契約から半年余り後の1969年5月、その研究は「川崎ユニメート2000型」第1号機として結実する。1台1,200万円。当時としては破格に高い汎用機だったが、最初の500台の出荷に9年を要したのに対し、次の500台はわずか2年で出荷された(*2)。技術は一度国内に根付くと、教えた側の想像を超える速度で増殖した。

57年後のいま、この物語は主語を変えて繰り返されている。世界の産業用ロボット新規設置台数のうち54%を、いまや中国一国が占める。2024年の設置は29万5,000台、単年としては過去最多である(*3)。かつて技術を「教わる側」だった国が、いつの間にか「教える側」に回り、その座を、かつて自分がそうだったように、別の国に明け渡し始めている。川崎重工のロボット事業57年は、この一巡の縮図である。そしていま同社は、ロボットとは別の場所で自ら発明した技術を、ロボットの脚に載せようとしている。

教わる側だった年月

1968年6月、川崎航空機工業は機械事業部内に「IR(Industrial Robot)国産化推進室」を設け、同年10月にユニメーションとの技術提携契約に署名した(*1)。日本の産業用ロボットの起点は、自社発明ではなく技術輸入だった。

1969年5月に完成した川崎ユニメート2000型第1号機は、1台で複数の作業をこなす汎用性を売りにしていた(*2)。だが輸入技術が本当の意味で「ものになった」のは、需要が量産のカーブに乗ってからである。1980年5月、出荷累計は1,000台を突破した。最初の500台に9年かかったのに対し、次の500台はわずか2年だった(*2)。輸入した技術を国内の生産体制に落とし込む速度そのものが、後年「日本の製造業は学習が速い」と評される現象の、最初期の実例になっている。

Unimate Shipment Cadence

1986年、川崎重工はユニメーションとの提携を終え、自社開発とグローバル展開へ軸足を移した(*1)。1990年に米国法人、1995年にドイツ法人、1996年に英国法人、2006年に中国天津法人を設立し、明石工場のロボット部門は1995年にISO9001、1998年にISO14001を取得している(*1)。教わる側から独り立ちするまでに18年を要した勘定になる。

研究開発の系譜をたどると、反復動作の自動化だけがこの57年の内容ではないことも見えてくる。2013年に医療ロボット企業Medicaroidを設立し、2017年には熟練技能者の動作を遠隔・協調で再現する「Successor」、同年に人型ロボット「Kaleido」、2018年に協働ロボットduAro 2を発表した(*1)。ロボットが置き換えてきたのは単純な反復作業だけではなく、熟練者の身体知そのものを機械に移す試みも、この年表の中に含まれている。

総合ロボットメーカーの現在地

公式製品検索では掲載71製品、可搬重量は3〜1,500kgの範囲に及ぶ(*4)(*5)。ライセンス生産の一機種から出発した事業は、いま以下のような幅を持つ。

カテゴリ主なシリーズ・モデル例公式スペック例主用途・特徴価格
小・中型汎用ロボットR series: RS003N, RS007N/L, RS013N, RS015X, RS020N, RS025N, RS030N, RS050N, RS080N3〜80kg、620〜3,150mm。RS003Nは3kg/620mm、RS080Nは80kg/2,100mm搬送、マシンテンディング、シーリング、ピッキング、パレタイジング非公開
大型汎用・スポット溶接BX/BT、BXP/BTP、ZX series100〜300kg級。BX100Sは100kg/1,634mm、BX300Lは300kg/2,812mm、ZX300Sは300kg/2,501mm自動車、金属、機械、電機、食品など。中空アーム構造、長リーチ、高速動作非公開
超大型汎用M series、MXP series350〜1,500kg。MG15HLは1,500kg/4,005mm。MXP410Xは410kg/3,763mm重量物搬送、設備・大型部品ハンドリング非公開
パレタイジングCP series、RD seriesCP180L/300L/500L/700Lは180〜700kg、到達距離3,255mm。RD080Nは80kg/2,100mmエンドオブライン、複数レーン、高積みパレット。E03コントローラの回生電力機能非公開
デルタ型ピック&プレースYF002N、YF003NYF002Nは2kg/300mm、YF003Nは3kg/650mm食品、医薬、化粧品、電子部品など。食品グレードグリース、洗浄環境対応非公開
協働ロボットCL103N, CL105N, CL108N, CL110N3〜10kg、590〜1,300mm。CL108Nは8kg/1,300mmNeura Roboticsとの提携によるCLライン。床・天井・壁取り付けに対応非公開
医薬・医療MC004N, MC004V4kg/505.8mm、ISO Class 5(Fed Class 100)クリーン・精密。MC004VはVHP滅菌対応材料非公開
半導体ウェハ搬送NTS10/20、TTS10/20到達距離1,066mm、可搬重量は公式一覧では非開示ISO Class 1を含むクリーンルーム、SEMI-F47/S2準拠非公開

表の代表値は公式カテゴリページから採ったものであり、詳細な軸数・繰り返し精度・設置姿勢はモデル別仕様書の確認が必要である(*6)(*7)(*8)(*9)(*10)(*11)(*12)(*13)。価格はいずれのカテゴリでも非公開である。

コントローラはE、防爆仕様のE、Fの3系統があり(*14)、周辺機器はCubic-S安全システム、ASプログラミング言語関連ソフト、2Dビジョン、ポジショナ、リニアトラックまで揃う(*15)。加えてK-AddOn制度により、KEYENCEのラインスキャンカメラ、New-Eraのエアグリッパ、KOSMEKの手動ツールチェンジャといった社外製周辺機器を公式に組み込む仕組みも持つ(*16)。57年で、ライセンス生産の一機種から可搬重量差500倍の総合ラインナップへ育ったことになる。

数字が止まる場所

だが、この成長がどれほどの事業規模なのかを外部から正確に測る手段はない。Kawasaki Roboticsは独立企業ではなく川崎重工の社内事業部門であり、単独の売上・利益・受注残は開示されない。ロボットは決算上「Precision Machinery & Robot」セグメントに含まれ、2025年度の同セグメント売上は2,591億円、事業利益は143億円だったが、これは精密機械事業と合算された数字である(*17)。川崎重工連結の2025年度売上は2兆3,110億円、事業利益は1,450億円、親会社所有者帰属利益は1,080億円だった(*18)。ロボット単体がこの中でどれだけの黒字を生んでいるのか、あるいは投資超過なのかは、財閥系重工業の会計の外からは見えない。

これは、四半期ごとに資金繰りを問われるスタートアップ型の身体AI企業とは対極の資本構造である。市況悪化を単独で資金繰り問題に直結させる必要は薄い一方、社内では航空宇宙、エネルギー、パワースポーツなど他事業と資本配分を競い合う立場でもある。

現場に入り込む腕

直近で最も具体的な動きは、物流ロボティクス企業Dexterity Inc.との協業拡大である。2026年6月23日、川崎重工はRL030N(8自由度アーム)をDexterityの物流ロボット「Mech」に組み込み、トレーラーへの積み込み・荷下ろしなど倉庫内作業へ展開すると発表した。川崎の産業用ロボット工学と、DexterityのMechハードウェア、AI基盤モデル「Foresight World Model」、リアルタイム制御API「KRNX」を組み合わせ、ROS環境や第三者のオーケストレーションにも接続できる設計だという(*19)。倉庫でトレーラーを積み下ろす作業員の隣にこの腕を置く未来を、川崎自身が「Physical AI」という言葉で語っている。

公式のビジョン活用ガイドは、顧客名を明かさない2つの事例を挙げる。ひとつは食品包装のケースパッキングセルで、袋物製品をコンベヤ上で追跡し、ロボット1台あたり毎分20袋のピック、人員3人相当の省人化を達成したという。もうひとつは航空宇宙分野の3Dビジョン組立で、3台のRシリーズが200種類超・28構成のナットプレート部品の取り付けを自動化し、97%の部品品質一貫性を実現したとされる(*20)。いずれも顧客名や投資額は非公開だが、共通するのは「人が担ってきた反復作業を、ビジョンとAPIで機械に渡す」という方向である。

協働ロボットCLシリーズは独Neura Roboticsとの提携に基づくラインで、3〜10kgの可搬重量で床・天井・壁のいずれにも設置できる(*11)。KUKAが中国資本に渡り、ABBが分社・売却を検討される欧州のロボット産業地図の中で、Neuraは日本の重工業から部品供給網を得ている構図でもある。

57年後、逆転する主語

ここで冒頭の数字に戻る。国際ロボット連盟(IFR)の年次報告によれば、2024年に世界で新規設置された産業用ロボットのうち54%、29万5,000台が中国一国に設置された。中国国内の稼働台数はこの年200万台を超え、単一国として世界最大のロボット稼働国になっている(*3)。同じ年、中国国内メーカーの自国内シェアは57%に達した。10年前の約28%から倍増し、初めて外資系メーカーの国内販売を上回った(*3)。日本は世界2位の市場規模を維持したものの、2024年の設置台数は4万4,500台、前年比4%減だった(*3)

2024 Robot Installations: China vs Japan

一部報道は、未公表のIFR内部データとして、中国の世界向けロボット生産シェアが2023年の4分の1から2024年には3分の1に伸び、初めて日本を上回ったと伝えている(*21)

1968年、川崎重工は米国から学ぶ側だった。半世紀余りを経て日本は世界有数のロボット生産国になったが、その座を明け渡す番が、今度は日本自身に回ってきている。技術移転は一方通行では終わらない。

China Domestic-Maker Share

もう一つの得意分野を、脚に載せる

川崎重工という会社自体の起点は、ロボットよりさらに90年古い。1878年、川崎正蔵が東京・築地に開いた川崎築地造船所が起源であり、1896年に株式会社川崎造船所として設立された(*22)。以来、船、鉄道車両、航空機エンジン、二輪車と、機械と動力の会社として事業を広げてきた。その中で近年、川崎重工が世界に先んじて発明した技術がある。液化水素運搬船「すいそふろんてぃあ」である。

すいそふろんてぃあは世界初の液化水素運搬船として2019年に進水し、2022年2月、氷点下253度に冷却した液化水素を積んでオーストラリアから神戸まで約9,000キロを運ぶ実証航海を完了した。タンク容量は1,250立方メートル(*23)。次世代の商用船はこの128倍にあたる16万立方メートルタンクを搭載し、年間22万5,000トンの液化水素を輸入する計画だという(*24)。ここでは川崎重工は、教わる側ではなく発明する側だった。

この「発明する側」の技術を、川崎重工はロボットの脚に載せようとしている。2025年4月4日、大阪・関西万博の「フューチャーライフエキスポ」で発表された四足の乗用ロボット「CORLEO」は、150ccの水素エンジンを発電機として積み、各脚のモーターを電気で駆動する。排出されるのは水だけだという(*25)。開発を担うのはロボットディビジョンではなく、2025年12月3日に川崎重工が新設した社長直轄チーム「SAFE ADVENTURE事業化準備室」であり、2030年リヤド万博での実働、2035年の商用化を目標に掲げる。2027年までに体験用シミュレーターを完成させ、ゲーム・eスポーツ業界にも展開する計画も明らかにしている。構想発表後の累計SNSインプレッションは約12億回に達したという(*26)

CORLEOは、川崎重工がロボット事業で57年前に立っていた場所の裏返しである。1969年の川崎ユニメートは、他社(ユニメーション)から教わった技術を国内工場の反復作業に投入する機械だった。CORLEOは、自社が世界に先んじて持つ水素技術を、まだ誰も作っていない乗用の脚型ロボットに投入する機械である。教わって作るのではなく、持っているものを掛け合わせて発明する側に回れるか――これが57年目の賭けの中身である。

教わる側から教える側へ移るのに、川崎重工は18年を要した(1968年の提携から1986年の独立まで)。教える側から教わる側へ日本という国全体が戻りつつあるのに要したのは、57年である。この二つの時間の長さの差は、技術が国境を越える速さそのものが加速していることを示しているのかもしれない。だとすれば、水素運搬船で世界初を取った川崎重工が、その技術で誰かに追い越されるまでの時間は、57年よりずっと短いのではないか。教わる側と教える側は、いつか必ず入れ替わる。次に入れ替わるのが、ロボットの中の水素なのか、水素の中のロボットなのか――川崎重工自身にも、まだ答えはない。

出典

*1 Kawasaki Robotics「History of Kawasaki Robotics」、confirmed

*2 Kawasaki Robotics「日本初の産業用ロボット「川崎ユニメート」が残したもの」、confirmed

*3 International Federation of Robotics「World Robotics 2025 report – INDUSTRIAL ROBOTS – released by IFR」、confirmed

*4 Kawasaki Robotics「Robots」、confirmed

*5 Kawasaki Robotics「Product Search」、confirmed

*6 Kawasaki Robotics「Small & Medium Payloads」、confirmed

*7 Kawasaki Robotics「Large Payloads」、confirmed

*8 Kawasaki Robotics「Extra Large Payloads」、confirmed

*9 Kawasaki Robotics「Palletizing」、confirmed

*10 Kawasaki Robotics「Pick and Place」、confirmed

*11 Kawasaki Robotics「Cobots」、confirmed

*12 Kawasaki Robotics「Medical」、confirmed

*13 Kawasaki Robotics「Wafer」、confirmed

*14 Kawasaki Robotics「Controllers」、confirmed

*15 Kawasaki Robotics「Others」、confirmed

*16 Kawasaki Robotics「K-AddOn」、confirmed

*17 Kawasaki Heavy Industries「Performance by Business Segment (FY2025)」、confirmed

*18 Kawasaki Heavy Industries「Consolidated Financial Highlights」、confirmed

*19 Kawasaki Robotics「Kawasaki Robotics and Dexterity Expand Collaboration to Scale Physical AI for Warehouse Logistics」(2026-06-23)、confirmed

*20 Kawasaki Robotics「2D and 3D Robot Vision Guide」、confirmed

*21 TechNode「China Installed Nearly 300,000 Industrial Robots in 2024, More Than All Other Markets Combined」(2025-10-02、New York Timesが未公表のIFRデータとして報じた内容を引用)、probable

*22 川崎重工業「川崎重工の歴史」、confirmed

*23 Kawasaki Heavy Industries「World's First Liquefied Hydrogen Carrier SUISO FRONTIER Launches Building an International Hydrogen Energy Supply Chain Aimed at Carbon-free Society」(2019-12-11)、confirmed

*24 Hydrogen Council「A pioneering effort in efficient hydrogen transport: Kawasaki Heavy Industries powers innovations toward sustainable future」、confirmed

*25 New Atlas「Kawasaki unveils corleo, a hydrogen powered robot horse concept」、confirmed

*26 Kawasaki Heavy Industries「Kawasaki Launches Development of "CORLEO," a New Type of Futuristic, Off-Road Personal Mobility Vehicle」(2025-12-03)、confirmed

未確認事項・要フォローアップ

  • Kawasaki Robotics単体の売上、営業利益、受注残、地域別・産業別売上は非公開。川崎重工IRでは「Precision Machinery & Robot」セグメントまでしか確認できない。
  • ロボット本体・コントローラ・保守・教育・システム一式の価格、RaaS条件、標準リードタイムは非公開。
  • Dexterity向けRL030N/Mechの導入台数、商用稼働拠点、稼働率、ROI、事故・停止実績は未公開。
  • CL協働ロボットにおけるNeura Roboticsとの契約条件、川崎側の製造範囲、販売地域、ソフトウェア責任分界は未確認。
  • 中国の世界向けロボット生産シェアが日本を上回ったとする報道(*21)は、IFRの公式発表文書そのものでは未確認であり、正式統計の公表を待って再確認が必要。
  • CORLEOの2030年リヤド万博実働、2035年商用化、2027年シミュレーター展開はいずれも計画段階の目標であり、実現時期・仕様は変更されうる。
  • インド事業に関するX上の投稿(ロボット業界の受注・拡大を示唆する内容)は、公式発表や現地報道での裏取りが未了。
  • 特許・求人・学会発表の定量分析は未実施。次回はJ-PlatPat、Google Patents、公式採用ページを横断確認する。