2016年、国際標準化機構(ISO)が発行した一枚の技術仕様書は、ロボットが人間の身体のどこに、どれだけの力で触れてよいかを部位ごとに数値表にした(*1)。手のひらは何ニュートン、前腕は何ニュートン、頭蓋は何ニュートン――工学の言葉で「痛み」を定義したこの表(ISO/TS 15066)こそが、いま「協働ロボット(コボット)」と呼ばれる市場全体の、唯一にして最終的な法的根拠である。安全柵の中に閉じ込めず、人間の隣にロボットを立たせてよい条件は、思想でも技術革新でもなく、この一枚の数値表に尽きる(*2)。
Doosanロボティクス(斗山ロボティクス)は、この数値表の上に建った韓国の公開企業である。2023年10月、韓国取引所(KOSPI)に上場し、公開価格26,000ウォンに対し初値は51,400ウォンと98%高で取引を終えた、その年最大のIPOだった(*3)。しかし2026年7月時点でも、四半期ごとの営業赤字は途切れていない。売っているのは「賢い機械」ではなく、この数値表が保証する「無害さの水準」だと考えると、上場から2年半が過ぎてもなお赤字が続くという事実の見え方が変わってくる。ヒューマノイド(全身)と産業用アーム(固定・高出力)の間にある「隣で働く」という中間解は、事業として自立できているのか。それを試す実験が、いまソウル郊外・城南で進んでいる。
規制が発明を追いかけた8年
この数値表が書かれるまでの経緯は、規制が発明を後追いした記録でもある。デンマークのUniversal Robotsは2005年、オーデンセで創業した(*4)。2008年に発売した最初の製品UR5を、繊維・ゴム加工業のLinatex社が安全柵なしでCNC工作機械の脇に据えた(*5)。当時、この配置を正面から認める国際規格は存在しなかった。市場が先に動き、法は8年遅れて2016年のTS 15066でようやく追いついた形になる。そしてこの発明そのものは、2015年――奇しくもDoosanロボティクスが韓国で産声を上げた同じ年――に、米国の半導体テスト機器メーカーTeradyneへ2億8,500万ドルで売却され、デンマークの手を離れた(*6)。コボットという概念を最初に商品化した会社は、その概念が法的に承認される前年、発明した国から資本ごと切り離されている。
Doosanロボティクス自身の系譜はさらに長い。母体のDoosan Groupは1896年、朝鮮王朝末期のソウルで開業した個人商店「朴承稷商店」に遡る、韓国最古の企業集団である(*7)。化粧品や雑貨を扱っていたこの店が重工業に足を踏み入れるのは、創業から100年以上のちの2000年である。国有だった韓国重工業(旧称ハンジュン、1962年設立、1980年国有化)を約3,057億ウォンで買収し、2001年に斗山重工業として再出発させた(*8)。原子力・火力発電所のタービンという、制御を誤れば桁違いの破壊力を持つ機械を作ってきたのが、この系列の重工業部門である。Doosanロボティクスが2015年に同じグループから生まれたとき、その工学的な使命は正反対だった――力を閉じ込めることではなく、あらかじめ痛みの閾値の内側まで力を弱めておくこと。一つの財閥が130年かけて、雑貨商から、力を封じ込める重工業を経て、力を測って手加減する会社へと歩いてきた、と言うこともできる。
手加減を製品化する
Doosanロボティクスは2018年に初製品を投入して以降、P・H・M・A・Eの5シリーズで用途を切り分けてきた(*9)。価格は非公開で、製品ページは代理店経由の見積もり導線になっている(*10)。
| シリーズ/モデル | 主用途 | 公開スペック | 特徴 |
|---|---|---|---|
| P3020 | パレタイジング、重量物ハンドリング | 可搬30kg、リーチ2030mm、繰返し精度±0.1mm | 5軸構造、競合比で約25%低い消費電力と説明 |
| H2515 / H2017 | 高可搬、物流、金属加工、マシンテンディング | 25kg/1500mm、20kg/1700mm(いずれも±0.1mm) | 6軸トルクセンサー、重力補償、AGV/AMR連携 |
| M1509 / M1013 / M0617 / M0609 | 電子、自動車、組立、溶接、研磨 | 15kg〜6kg、900〜1700mm、±0.03〜0.1mm | 各軸6個のトルクセンサー、力制御・コンプライアンス制御 |
| A0912 / A0509系 | 汎用自動化、検査、包装 | 9kg/1200mm、5kg/900mm | 軸速度2倍、平均10%高速な作業速度を訴求 |
| E0509 | F&B、コーヒー、揚げ物、麺 | 5kg/900mm/±0.05mm | NSF認証、IP66、防水防塵。コーヒー用途で最短14カ月ROIと説明 |
| PalletizHD+ / Scan & Go | AIパレタイジング、大型複合材の研磨・検査 | 最大11箱/分 等 | NVIDIA Isaac Sim/cuMotion連携。CES 2026 Best of Innovation |
どのモデルにも共通するのは、可搬重量とリーチを公開する一方、価格・保守費・導入費を一切公開しないという構造である。業界推計ではコボット1台あたりの実勢価格は1万5千〜15万ドル程度とされるが(*19)、これは競合各社(ABB、KUKA、Fanuc CRX、川崎、安川、Rainbow Robotics、Neuromeka)にも共通する業界慣行である。それでも、上場企業でありながら自社製品の値札を投資家にも開示しない会社が、「協働ロボット」という数値表由来のカテゴリーを売っているという構図は、それ自体が興味深い。
上場は祝祭だったが、黒字は来なかった
IPO当日、株価は98%高の51,400ウォンで引けた。その後52週高値は170,000ウォンまで買われたが、2026年7月10日時点の株価は74,500ウォン、時価総額4.82兆ウォン、発行済株式数64.82百万株、EPSはマイナス852ウォンで、高値から半値以下まで落ちている(*18)。株価はテーマ株として乱高下してきたが、業績はその熱狂に追いついていない。

| 期 | 売上高 | 営業損益 | 純損益 |
|---|---|---|---|
| 2025年6月期 | 45.3億ウォン | -156.5億ウォン | -165.7億ウォン |
| 2025年9月期 | 101.6億ウォン | -152.7億ウォン | -128.6億ウォン |
| 2025年12月期 | 130.0億ウォン | -164.5億ウォン | -166.5億ウォン |
| 2026年3月期 | 152.9億ウォン | -120.7億ウォン | -91.7億ウォン |

売上は四半期ごとに増え、営業赤字は縮小傾向にある。だが黒字化の時期は読めない。海外拠点整備、買収、研究開発、人材採用が同時並行で進んでおり、Doosanロボティクス自身も短期黒字より海外販売網とソリューション化を優先していると説明してきた。
光珍(Kwangjin)グループの19台
このコボットの実際の稼ぎ手は、ヒューマノイドが集める注目とは別の場所にいる。自動車ドアシステム部品メーカーKwangjinグループは、General Motors、Ford、Hyundai Motorなどを顧客に持つ。同社の韓国・牙山(Asan)工場では、Doosan M-SERIESのロボットがウィンドウレギュレーターとドアモジュールのリベット締め、組立、検査を担い、これらの工程の製品不良率をゼロまで下げた。この実績が2026年3月、Kwangjinへ100台超のロボットソリューションを2027年まで順次供給する大型MOUにつながった(*11)。牙山工場では2026年5月までに19台のM-SERIESが稼働する計画で、Kwangjinは17の海外拠点で100台超の追加展開を見込む。
華やかな発表会の外では、ここが実際に金の動く現場である――部品の型を1台あたり数千回運び、検査する反復作業を担ってきた工員の作業内容が、この19台のアームによって書き換えられている。ヒューマノイドの実演映像がSNSで拡散される一方で、Doosanロボティクスの黒字化を左右するのは、こうした地味な自動車部品ラインの積み上げである。
隣の財閥は、逆の賭けをした
同じ韓国で、同じ2025年前後に、別の財閥はまったく逆の身体を選んだ。Samsung Electronicsは2023年にRainbow Roboticsへ14.7%出資し、2024年末から2025年2月にかけて出資比率を35%へ引き上げ、約2,670億ウォン(約1億8,100万ドル)を投じて筆頭株主となった(*15)。Rainbow RoboticsはKAISTのヒューマノイド研究チームが2011年に設立した会社で、韓国初の二足歩行ロボット「Hubo」の系譜を引く(*16)。Samsungはこの出資と同時に、CEO直轄の「Future Robotics Office」を新設し、ヒューマノイド開発を明確な国家的・企業的テーマに据えた。
Doosanロボティクスが固定式アームを極め、Samsungが二足歩行の人型を選ぶ――同じ国、同じ数年、同じ「身体労働の自動化」という問題に対して、二つの財閥が正反対の身体設計に資本を投じている。市場調査各社は協働ロボット市場全体を2026年から2030年代にかけて年率20%台前半で成長すると見積もる(*17)。この成長率は、Doosanが選んだ中間解がニッチではなく本物の需要曲線に乗っていることを示唆する。だが同じ期間、ヒューマノイドへ集まる資本の規模と熱量は、コボット市場のそれをはるかに上回って見える。
中間解を発明した会社が、両端に手を伸ばし始めている
ここに、この記事の核心となる矛盾がある。コボット専業として上場したDoosanロボティクスが、いま自ら両端――より重い産業アームと、ヒューマノイドの周辺――へ手を伸ばし始めているのだ。
2025年7月、Doosanロボティクスは1984年創業の米ペンシルベニア州のシステムインテグレーターONExiaの株式89.59%を約2,590万ドル(約356億ウォン)で取得した。ONExiaはパレタイジングや梱包などEOL(工程末端)向けのシステムインテグレーション事業と、25年分の自動化データ、北米の顧客基盤を持つ(*13)。同じ9月、城南市盆唐区に約6,600平方メートルの「Doosan Robotics Innovation Center」を開設し、韓国のロボティクス業界で最大級の研究拠点とした。ここには全社員の40%にあたる約80人の研究者が集まり、駆動モジュール、コントローラー、トルクセンサーに加えて、ヒューマノイドや先端ロボットハードウェアの研究も担う。Toss SecuritiesでCTOを務めたOh Chang-hoon氏を新たにEVPとして採用したのも同時期である(*12)。
さらに2025年4月、Doosanロボティクスは政府主導で50以上の企業・機関が参加し、2030年までに1兆ウォン超の投資を見込む「K-Humanoid Alliance」にロボットメーカーとして参加した(*14)。固定式アームの専業企業として2023年に上場した会社が、わずか2年足らずのうちに、北米のシステムインテグレーション能力を買い、韓国最大級の研究拠点を建て、ヒューマノイド人材を採用し、国家的なヒューマノイド連合に名を連ねている。
痛みの数値表(ISO/TS 15066)は、机の高さで動く据え置き型アームを前提に書かれた。二本の脚で歩き、人間の生活動線そのものを移動する機械に、同じ数値表がそのまま適用できるのかは、まだ誰も答えを出していない。中間解として上場し、まだ一度も黒字を出していない会社が、答えの出ていないその領域に、いま静かに足を踏み入れ始めている。「隣で働く」という妥協案は、それ自体で成立する目的地なのか、それとも、資本と技術がまだ選びきれていないだけの通過点なのか。
未確認事項・要フォローアップ
- 2025年監査報告書・2026年1〜3月期決算のPDF原本の数値確認(本記事の四半期財務はGoogle Financeの二次データに依拠)。
- IPO時の正確な調達額(421億ウォン相当)・ロックアップ条件・引受団構成のKRX/DART原文確認。
- モデル別の実売価格、標準保守費、RaaS/リース条件、導入インテグレーション費(Doosan・競合とも非公開)。
- Doosan公式の「韓国1位・世界4位・高可搬1位」の第三者統計原典。
- ISO/TS 15066の力・圧力閾値が、将来的にヒューマノイド(二足歩行・移動体)へどう適用・改定されるかの規格動向。
- Doosanロボティクスの人型ロボット(ヒューマノイド)の正式な機体仕様・発売時期・価格。
- Kwangjinグループ以外の海外導入事例の契約規模・稼働台数の第三者確認。
出典
*1 ISO/TS 15066:2016 — Robots and robotic devices — Collaborative robots、confirmed
*3 Bloomberg「Robot Maker Doubles in Debut After Biggest 2023 South Korea IPO」、confirmed
*4 Universal Robots「History」公式ページ、confirmed
*5 Universal Robots「10 year anniversary of selling the first cobot」、confirmed
*6 automation.com「Teradyne to Acquire Universal Robots」、confirmed
*7 Doosan Corporation「Doosan Heritage 1896」、confirmed
*8 Doosan Enerbility「History」公式ページ、confirmed
*9 Doosan Robotics公式「Company Overview」、confirmed
*10 Doosan Robotics公式「Product Lineup」、confirmed
*11 The Korea Herald「Doosan Robotics to Supply Large-Scale Manufacturing Robot Solutions to Kwangjin Group」、confirmed
*12 The Korea Times「Doosan Robotics opens new research facility」、confirmed
*13 The Robot Report「Doosan Robotics acquires a majority stake of U.S.-based ONExia for $25.9M」、confirmed
*16 TechCrunch「Samsung pays $181M to become largest shareholder of Rainbow Robotics」、confirmed
*17 Grand View Research「Collaborative Robot Market Size & Share Report, 2026-2033」、probable
*18 Google Finance 454910:KRX、probable
*19 EVSINT「How Much Does a Cobot Cost? $15k–$150k (2026)」、probable