1日に約1,000回。1990年代初め、デンソーの製造現場では、作業者がこの回数だけバーコードを読み取っていた。バーコード1枚に入る情報は英数字で約20文字。多品種少量生産に対応するため、何枚ものコードを並べて読む必要があり、情報を増やすほど作業者の手数も増えていた。(*1)

その不便から、1994年9月26日にQRコードが発表された。いまや駅の改札や決済で目にする四角い図形は、もともと自動車部品の流れを細かく追いたい工場のための道具だった。(*2)(*3)

この出発点は、株式会社デンソーウェーブを読むときの軸になる。愛知県知多郡阿久比町に本社を置き、デンソーが75%を出資する同社は、2026年3月期に494億円を売り上げ、1,175人が働く。売上構成はエッジプロダクト68%、工場自動化(FA)プロダクト24%、ソリューション8%である。FAプロダクトには産業用ロボットやコントローラが含まれるが、24%をロボット単体の売上と解釈してはいけない。(*7)

フィジカルAI時代における同社の立ち位置は、現場の状態を読み取り、機械が繰り返せる信号と動作へ変換し、長く使える設備として届ける会社にある。最も人間らしいロボットを先に作る企業像とは、競争軸が違う。QRコード、自動認識機器、産業用ロボット、COBOTTA、AI模倣学習は別々の製品に見える。だが、現実のばらつきを機械の側へ引き受けるという仕事ではつながっている。

1. 約1,000回の読み取りが、QRコードを「現場の規格」にした

QRコードの開発を率いたのは、1980年4月に日本電装(現デンソー)へ入社した原昌宏である。(*19) 1992年、バーコードスキャナと、印刷された文字を読む光学文字認識(OCR)装置を担当していた原に、製造現場から読み取りを速くしてほしいという依頼が届いた。スキャナの性能を上げるだけでは、コードの情報量と印字面積の限界を越えられない。そこで原は、より小さな面積に多くの情報を収め、漢字とカナも扱える二次元コードへ向かった。(*1)(*3)

開発チームは2人だった。二次元コードを速く見つけるため、コードの三隅に位置検出パターンを置き、印刷物を白黒の比率へ縮めて、周囲の紙面に最も現れにくい形を探した。選ばれた比率は1:1:3:1:1。開始から1年半の試行錯誤を経て、約7,000桁の数字を格納し、従来のコードの10倍以上の速さで読み取れる仕組みになった。油や汚れにさらされる製造現場で読めることも、設計の中心だった。(*1)

ここで機械が読んでいるのは、単なる番号ではない。どの部品が、どの工程を通り、どの検査を受けたかを、作業者の記憶や手書きの記録から切り離して扱えるようにした。原が向き合ったのは、1日に約1,000回コードへ手を伸ばす人の疲れと、流れを止めたくない現場の時間だった。

デンソーはQRコードの仕様を公開し、基本特許を無償化した。1996年には世界初のQRコード読み取り機を発表し、コードだけでなく、コードを現場で確実に読む機器も提供した。2002年に読み取り機能を持つ携帯電話が登場すると、工場向けの規格はチケット、広告、決済へ広がった。規格を開くことと、読み取りの品質を握ること。その二つを同時に進めたことが、QRコードを一社の設備から社会の共通部品へ押し出した。(*2)(*3)

フィジカルAIに引き寄せて考えると、ここには重要な先例がある。機械が身体を動かす前に、対象を機械の言葉で安定して表現できなければならない。QRコードは、部品や荷物の身元を読むための小さな入力層だった。その後、その入力をカメラやセンサーから得て、ロボットの動作へつなぐ側へ進んでいる。

2. 1970年のアームは、工場の内側で製品になった

デンソーのロボット事業は、自社工場での内製から始まった。1967年に小型産業用ロボットの開発へ着手し、1970年4月にはアルミダイカスト鋳造作業用の実用機1号を自社工場へ導入した。1985年以降は自動車部品の組立ラインへ本格投入し、1991年に他社への販売を始めた。2001年10月、小型ロボットやFA機器を扱う事業部門がデンソーウェーブとして分離・独立した。(*4)(*5)

この経緯は、製品の出発点を決める。研究室で器用さを競うロボットより先に、厳しい品質管理のある自動車部品工場で、止まらず、繰り返し、周辺設備と接続する機械として鍛えられた。自社内での小型ロボット使用実績は、2009年の同社発表で1万6,000台とされ、同じ発表では累計生産6万台への到達も報告されている。現在のロボット史ページは、世界で12万台以上のデンソーロボットが使われていると説明する。前者は当時の社内使用実績、後者は世界で使用される累計台数であり、同じ分母ではない。(*5)(*4)

時点変化物理世界に残ったもの
1967〜1970年自社工場向けにロボットを開発し、実用機を導入鋳造・組立での品質、速度、保守の経験(*4)(*5)
1991年産業用小型ロボットの外販を開始自社工場の知見を他社の設備へ移す販売モデル(*5)(*6)
1994〜1996年QRコードを発表し、世界初の読み取り機を発表部品の識別と履歴を機械で扱う入力層(*2)
2001年FA機器と自動認識事業をデンソーウェーブへ移管ロボット、コード、読み取り機を同じ事業体で展開する基盤(*2)(*5)
2005〜2012年PC制御、ORiN、PacScript対応を拡張ロボットを設備や利用者のソフトウェアへ開く接続層(*6)

開発環境の開放も、急に始まった話ではない。1997年のRC5はJISの産業用ロボット言語に準拠し、2005年のRC7はPCからの制御や使い慣れた言語への対応を意識していた。2006年には、FA機器とアプリケーションを統一的につなぐ通信インターフェースORiNの利用を始めた。(*6)(*13) 2012年のRC8ではVisual Basicの文法に近いPacScriptを採用している。顧客の設備担当者が、メーカー専用の閉じた画面を覚え直さなくても済むようにする。その積み重ねが、今日の「オープンで使いやすい」という位置づけを作っている。(*6)

現在の製品群は、5軸・6軸の垂直多関節ロボット(*20)、4軸の水平多関節ロボット(*21)、協働・医薬・医療・組込型の各ロボットで構成される。コントローラ、ソフトウェア、周辺機器もそろい、工程の速度、可搬質量、衛生条件、周辺装置、使う人の技能に合わせて系列を選ぶ。(*8)

3. COBOTTAは、ロボットを作業者の隣まで運んだ

2017年11月、デンソーウェーブは初の人協働ロボットCOBOTTAの受注を始めた。コントローラを内蔵して質量約4kg(ケーブルを除く)、定格可搬質量0.5kg。安全柵を設けない運用を想定し、アームを手で動かして動作を教えるダイレクトティーチングと、直感的なGUIを備えた。2018年2月から出荷を予定し、持ち運んで短時間で作業へ入れることを製品の中心に置いた。(*9)

小さいことは、性能を削った結果というより、導入単位を変えるための設計である。大規模な専用ラインの計画を待たず、狭い場所や研究室、既存の作業台のそばへ置ける。6つのセンサーで速度とトルクを監視し、アームの鋭利な部分を避ける形状にした。制御APIも公開し、JavaやRubyなどの開発環境、カメラ、ハンド、ROSなどと組み合わせられる。(*10)

人間の座標は、ここで消えない。COBOTTAの導入を決めるのは、部品を仕分ける担当者、薬品を扱う研究者、作業台のレイアウトを知る設備担当者である。刈谷FAセンターには、購入前から工程内のどこで使うかを検討できるオープンラボラトリーがある。ロボットの販売前に、人が自分の作業をどう切り分けるかを試す場所である。(*10)

小型機の思想は、COBOTTA PROで大きくなった。2021年の発表では、2022年発売予定のPRO 900は可搬質量6kg、PRO 1300は12kgとされた。アーム先端(TCP)の最大速度はそれぞれ2,100mm/sと2,500mm/s、繰り返し精度は±0.03mmと±0.04mmとされた。作業者が近くにいないときは速度を上げ、接近時には減速・停止距離を抑える設計で、同じ空間にいる人の位置を制御条件へ入れている。(*11)

この系列には、もう一つの時間尺度がある。研究室向けでは、2007年にPC制御のロボットが導入され、2014年には過酸化水素に耐える医薬・医療用機を発売した。2018年にCOBOTTAを出し、2024年に標準システム、2025年にCOBOTTA LAB Modulesを提供した。周辺機器と制御をモジュールへまとめ、導入先の研究者が実験工程を組み替えやすくする構成へ進んでいる。(*13)

4. AIは、古い工場の時間を壊さない形で載せられるか

公開されているAIソリューションは、まずロボットの動きと環境の変化をセンサーやカメラで記録する。次にデータから推論モデルを作り、現在の状況に応じて動作命令を出す。出力はデンソーロボット言語PacScriptのプログラム、または専用GUIから実行する。粉体秤量や液体秤量のように、対象分野を絞ったAIスキルも掲げている。(*14)

2021年に出荷を始めたAI模倣学習は、作業者の勘やコツに頼る非定形作業を、ロボットの動きと複数センサーの情報から再現するためのソフトウェアだった。学習・推論を1台の産業用PCで完結させ、AI専門家がいなくてもユーザーが概念実証(PoC)を進められる構成を取った。ここで注目すべきは、AIの精度を上げる説明と同じ段落に、旧バージョンの長期提供とリリース後3年までのバグ対応が書かれていることだ。FA現場は、毎年モデルが変わることより、同じ設備を同じ条件で保守できることを求める。(*15)

この考え方は、AIをロボットへ足すときの現実をよく表す。現場の担当者は、モデルのベンチマーク、停止したときの復旧、データの取り直し、安全確認、担当者が異動した後の再現性を買う。AIはロボット言語、コントローラ、カメラ、ハンド、サポートの中へ置かれる。RC9も、利用者、システムインテグレーター、メーカーの技術を組み合わせ、設備全体を統合制御するコントローラとして説明される。(*12)

展示会では、AIビジョンによる透明・光沢部品の認識、複数台ロボットの干渉を避ける経路計画、ChatGPTを使った自然言語からのロボットプログラム生成も示された。だが、同じ公式説明は自然言語生成を「近い将来」の可能性として紹介している。展示デモと量産ラインでの導入率、誤動作率、投資回収期間は同じ数字ではない。(*16)

5. 494億円の会社が持つ強みは、AIの新しさより製品寿命にある

2026年3月期のデンソーウェーブは、売上494億円、従業員1,175人。本社は愛知県阿久比町にあり、デンソー75%、豊田通商15%、TOPPANインフォメディア10%の出資比率である。自動認識装置、産業用ロボット、プログラマブルコントローラ、IoT機器とシステムを扱う。エッジプロダクトが売上の68%を占め、QRコードやバーコードスキャナ、現場端末、制御機器を通じて収益基盤を積み上げてきた。(*7)

日本の産業用ロボット産業は、このような時間の長い会社が力を発揮しやすい場所でもある。国際ロボット連盟によれば、日本は世界のロボット生産の38%を占める。2024年の日本の自動車産業は約13,000台の産業用ロボットを導入し、2023年における同産業のロボット密度は従業員1万人あたり1,531台だった。(*18)

この市場でデンソーウェーブが競う単位は、腕の自由度だけではない。既設ラインに接続できるか、作業者が教示できるか、異なるハンドとカメラを選べるか、コントローラの更新後も過去のプログラムを動かせるか。生産現場の時間を止める費用が大きいほど、サポートと保守の履歴は製品の一部になる。デンソーロボットは生産終了後も、パーツリスト掲載部品について10年間の供給または修理に対応すると案内している。(*17)

ここが、フィジカルAIの新興企業と日本の老舗メーカーを分ける座標になりうる。新しいモデルが作業を覚える速度は重要だが、工場では、覚えた動作を安全規格に合わせ、既存設備へ接続し、担当者が変わっても再現し、10年単位の部品供給へつなぐ必要がある。この重い条件を最初から製品仕様の内側に置けることが、老舗メーカーの強みだろう。

一方で、公開情報からは、ロボット事業だけの売上、COBOTTAの累計出荷台数、AI模倣学習の有償導入件数を算定できない。現場の推論精度、停止時間、導入後の投資回収も追えない。12万台以上という数字も、デンソーロボット全体の世界使用台数であり、デンソーウェーブの全製品が現在稼働している台数ではない。安定した系列とサポートの存在は確認できるが、それだけでAI事業の経済性まで証明したことにはならない。

QRコードでは、作業者が毎日約1,000回読み取る手間を、誰もが使える規格へ変えた。COBOTTAでは、専門家が据え付ける大きな設備の外側へ、ケーブルを除く約4kgのロボットを持ち出した。AI模倣学習は、次に作業者の勘をデータへ移そうとしている。三つの製品世代を一つの線で結ぶと、デンソーウェーブが積み上げてきたのは、身体を派手に作り替える技術だけでなく、現場の曖昧さを機械が扱える形式へ変える技術である。(*1)(*9)(*15)

だが、現場が変わったとき、どのデータを正解とし、誰が安全限界と更新費用を引き受けるのか。物理世界にAIを置く日本のメーカーは、知能の大きさより、その問いに答えられる製品寿命を持てるだろうか。

未確認事項・要フォローアップ

  • デンソーウェーブの2026年3月期売上494億円について、産業用ロボット、コントローラ、COBOTTA、AUTO-ID、その他エッジ製品の内訳は公開されていない。FAプロダクト24%をロボット売上とみなすことはできない。
  • 「世界中で12万台以上使用」とするデンソーロボット全体の累計について、対象モデル、出荷台数と稼働台数の定義、デンソーウェーブ分の内訳は確認できない。
  • COBOTTA、COBOTTA PRO、AI模倣学習の累計出荷台数、有償導入社数、継続利用率、停止時間、誤動作率、投資回収期間は公開資料から算定できない。
  • AI模倣学習の個別案件について、学習データ量、作業別の成功率、安全性評価、モデル更新の頻度、旧バージョンの実際の提供期間は確認できない。
  • 2024年のAIビジョン、複数ロボット経路計画、ChatGPTによるプログラム生成の展示について、量産ラインでの導入件数、導入後の性能、責任分界、セキュリティ対策は公開されていない。
  • QRコードの1994年の開発チームについて、原昌宏以外の担当者名、社内での開発費、当時の製造ラインごとの導入効果は確認できない。
  • 2025年のCOBOTTA LAB Modulesについて、標準モジュール別の価格、導入件数、研究者の作業時間や実験再現性への長期効果は公開されていない。

出典

*1 QR Code development story|DENSO WAVE、confirmed

*2 QRコード対外公表から30年|デンソーウェーブ、confirmed

*3 35周年のリテール革命|デンソーウェーブ、confirmed

*4 ロボットの歴史|デンソーウェーブ、confirmed

*5 産業用小型ロボットの累計生産台数が6万台に到達|デンソーウェーブ、confirmed

*6 デンソーロボットが目指す、「オープンで使いやすい」ロボットとは?|デンソーウェーブ、confirmed

*7 会社概要|デンソーウェーブ、confirmed

*8 ロボット製品|デンソーウェーブ、confirmed

*9 デンソーウェーブ初の人協働ロボット「COBOTTA」の受注を開始|デンソーウェーブ、confirmed

*10 COBOTTA|人協働ロボット|デンソーウェーブ、confirmed

*11 中型人協働ロボット「COBOTTA PRO」を開発|デンソーウェーブ、confirmed

*12 RC9/CRC9 controller|DENSO WAVE、confirmed

*13 開発の歩み|デンソーウェーブ、confirmed

*14 AIソリューション|デンソーウェーブ、confirmed

*15 AI模倣学習を4月1日から出荷開始|デンソーウェーブ、confirmed

*16 ROBOT TECHNOLOGY JAPAN 2024|デンソーウェーブ、confirmed

*17 生産終了ロボット及び関連製品|デンソーウェーブ、confirmed

*18 Japan’s Car Industry has Highest Robot Installations in Five Years|International Federation of Robotics、confirmed

*19 QRコード開発25周年!開発エピソードや25年間の軌跡を紹介した特設サイトをオープン|デンソーウェーブ、confirmed

*20 垂直多関節|デンソーウェーブ、confirmed

*21 水平多関節|デンソーウェーブ、confirmed